Vol.0233 「NZ・生活編」 〜マルガリータ・カクガリータ〜

「どうしようかな?」夕刻のとあるスーパーで大小のリンゴを交互に手にしながら、私は悩んでいました。大きい方はキロ当たり4ドル(約300円)以上するオーガニック。小さい方はキロ当たり2ドル台。何の断り書きもないところをみると、化学肥料を使っているということでしょう。価格は約倍の開き。最終的に小さい方を10個ほどビニールに詰め、カートに入れました。値段が魅力的だったことはもちろん、ワックスもかかっていない、色ムラのある自然な見た目に、「農薬漬けって訳でもないだろう」という期待を寄せたこと、このサイズが子供に丸かじりさせるにはちょうどいいことも決め手となりました。

次のコーナーに移ろうとした時、いかにも仕立ての良さそうな真っ白なYシャツにノーネクタイの若い男性が、今しも私があきらめたオーガニックのリンゴを、手にした買い物かごに2、3個入れているところでした。1日の終わりに糊の効いたシャツがほど良くよれ、クルーカットの短髪は洗いたてでした。いかにも会社の帰りにジムで一汗流してから24時間営業の大型スーパーに立ち寄ったという風情。背中から腰にかけてのラインは高級シャツのせいばかりでなく、その下の身体がいかに手間暇かけて鍛えられたものであるかを物語っていました。テーラーメイドらしいピッタリと合ったパンツと、その先で輝く磨きこまれた靴。容姿に関してはまったく隙がなく、高級品武装も完璧でした。

「こんなヤツ、いっぱいいたな〜。」彼を見ているうちにふと懐かしくなりました。好景気とインフレで沸騰したようだった90年代終わりの香港には、こんな男女がわんさかいました。同僚の中にもシャネルスーツをとっかえひっかえ、ポルシェでご出勤という、「これでどうして同じ会社で机を並べてるの?」と言いたい人も。西洋人、アジア人を問わず、彼らはみな似たような雰囲気を醸し、ピカピカに磨き上げていました。それを横目に、私は善を宿し思い切り妊婦でした。

彼が実に感慨なさ気に一番高そうな物を、ごく少量ずつ買い物かごに放り込みながら行く後を、こちらは手にした商品のグラム当たりの金額を瞬時に弾き出しつつ、掛ける4人分で概算しながら慎重にカートに入れて歩いていました。今のニュージーランドは失業率が17年ぶりに4%にまで下がり、これ以上下がったらほぼ完全雇用状態と見なされる水準です。今年に入ってからの度重なる利上げで政策金利は6%にまで上昇しているにもかかわらず、インフレ懸念は消えず、一段の金利先高感が見込まれています。

不動産市場には依然加熱感があり、通貨も強ければ、輸出も順調と、全方位に好調な経済。高金利に惹きつけられて、更に海外からカネが入ってくるという好環境。90年代のアジアを髣髴とさせるものには事欠きません。その中でクルーカットの彼のようなタイプが実に何気なくカネを落とし、個人消費を牽引し、景気を支えているのは理にかなっています。ガンガン稼いでガンガン使う。資本主義を極めていけば、当然行き着くところです。途中、見失った彼の姿を再び目にしたのはレジに並んでいる時でした。すぐそばの雑誌コーナーで買い物かごを足元に置き、いかにも一息入れるように立ち読みをしているところでした。手にした雑誌を見て、思わずニンマリ。「GQ」でした。

"マテリアライズ"という言葉を体現しながら暮らしてきた覚えはありませんが、特に今回の移住に当たり、この言葉の意味する生活は香港に置いてきたつもりです。ですから、つい最近までGQをペラペラめくっていくような人たちに囲まれていたはずなのに、そんな暮らしはもうずっと遠い、懐かしい過去になってしまいました。そんな折にひょっこり目にした、雑誌から飛び出してきたような彼・・・。クルーカットと言えば聞こえはいいものの、所詮は角刈り。しかし、そう呼んでしまうにはあまりにも気を配った髪型に、彼のことはあえて"カクガリータ"(女性名詞ですが・・・)としましょう。

彼に会った一週間後、別の場所でやはり印象に残る"マルガリータ"に会いました。(つづく)

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「マヨネーズ」 引越しから丸1週間が経ちましたが、家の中の段ボールの数は依然49個!ここ数日は1日1箱空くか空かないかで、かなりまずいペース(汗) 家にはそれなりに収納場所があるものの、机や本棚などを買い揃えずにすべてを収めるのはかなり厳しい状況。しかし、ベッドとダイニング・テーブルで"古道具以上アンティーク未満"の気に入った品を見つけたせいか、テレビ台など他の細々としたものであっても何の思い入れもない新品を間に合わせで買う気になれず、収納場所の確保は遅々として進まず・・・。

その一方で、子供の生活はあっという間に元のペースに。「午後が子供優先なのも片付かない理由の一つ!」と言い訳したいほどです(笑) 先週は6年生の卒業公演に当たる演劇が3晩続けて上演され、温は3時過ぎに学校から戻ったかと思うと5時過ぎには夕食を済ませ、6時には学校に集合し、劇が終わって家に着くのがかれこれ9時という日が3日間続きました。あの間、私は食事の用意&後片付け、夫は送迎ばかりしていました。でも公演は大成功で、途中からとはいえ参加できて本人も大満足。

週末には温が念願のラグビー・デビュー。今週に入って善もデビューを飾り、練習試合で早くも2トライを決め、好調な出足。柔道場の下見も済ませました。段ボールだらけの家でも同級生が遊びに来てくれるようになり、裏庭でラグビーをしたり、キックボードで近所を回ったり、なんとも楽しそう。親が「早く生活を立て直さねば・・・」などと気を揉んでいることなどまったくお構いなく、彼らの生活はガンガンと進んでいます。

西蘭みこと