Vol.0255 「生活編」 〜ハロウィーンの死〜

ハロウィーンが終わりました。毎年この時期になると、必ず思い出す人がいます。それは1992年のアメリカで、ハロウィーンの時期に家宅侵入の不審者と間違われ、不幸にも射殺されてしまった日本人留学生、服部剛丈(よしひろ)さんです。道を聞こうとした家の主に「フリーズ(動くな)」と言われて銃を構えられていたにもかかわらず、暗くて銃が見えなかったのか、その言葉の意味を把握しかねたのか、足を止めなかったために撃たれてしまったのです。「フリーズ」が「プリーズ」に聞こえたという憶測もありました。いずれにしても尊い命が失われてしまったのです。

当時、私たちはシンガポールに住んでいました。お互い海外で暮す身、不信感や言語の壁が、時には死に至るほどの危険になり得る現実を、目の前に突きつけられたような事件でした。あれ以来、ハロウィーンが巡って来るたびに夫婦で服部さんの話をし、子どもができてからは彼らにも語ってきかせ、私たちなりに痛ましくこの世を去らざるを得なかった故人を偲んでいました。それもあってか、ハロウィーンという日本人には馴染みの薄い行事には、子どもが幼稚園に行くようになるまでとんと縁がありませんでした。

しかし、インターナショナル幼稚園ともなれば、これは秋の一大イベント。子どもたちはみな悪魔や怪物、海賊を模したコスチュームに身を包み、オレンジ色のカボチャのバケツを持って「トリック・オア・トリート?(お菓子をくれなきゃ悪戯するよ)」と近所を回り、キャンディーをもらって歩きます。うちの子とて例外ではありません。少し大きくなって子どもたちだけで近所を回る時は、「くれぐれも気をつけてね」と念を押して送り出したものですが、帰ってくるまではやはり心中穏やかではありませんでした。

ですからニュージーランドで最初に迎える今年のハロウィーンは、できたら何もせずに過ごしたいと密かに思っていました。もちろん私の思惑とは裏腹に、子どもたちは人からもらったおどろおどろしいお面や海賊の帽子を出しては、兄弟で「トリック・オア・トリート」に何を着ていくか相談していました。そんな折、キウイの友人二人からハロウィーン当日に別々のお誘いを受け、子どもたちはキャンディーをもらうために近所を練り歩く時間がなくなってしまいました。私はお誘いに心から感謝しました。

そして迎えた当日。イラクでテロ・グループに拉致されていた香田証生さんが、殺害され変わり果てた姿で発見されました。インターネットのニュースで最悪の結果を知り、しばしパソコンの前から動けなくなってしまいました。香田さんは今年1月にワーキングホリデーのためにNZに渡り、語学を学びながら半年滞在した後、私たちとほぼ入れ違いでこの国を離れたという因縁浅からぬ方でした。ですからなおさらのこと、他人事とは思えませんでした。

私たちにとっては服部さんに次ぐ、ハロウィーンの日本人の客死。またしても若い命の無念の最期。「どうしてこのタイミングなんだろう?」と思いながら、私の中でハロウィーンそのものが死んでいきました。「金輪際、この日を祝い事として楽しむのをやめよう。もともと私には縁のなかった日。今までだって軽佻浮薄な商業主義に流されて、なんとなく真似事をしてきたにすぎないのだから、これ以上魂を売り渡すのはやめよう」と、心に刻みました。

毎年この日を迎えるたびに、服部さんとともに香田さんも偲ぶことになるでしょう。大人の入り口で断ち切られてしまった彼らの想いを、自分なりに考えてみようと思います。周囲がこの日を楽しむことをとやかく言う筋はまったくありませんが、せめて子どもたちには、私の中でこの日が永遠に死んだこと、失われた同じ日本人の命のことを語り継いで行こうと思います。彼らがどう感じ、どう過ごすかは、もちろん彼ら次第ですが。

香田さんへ
一つだけ気がかりなことがあります。
見たかったものは、見られましたか?
知りたかったことは、わかりましたか?
あんなに危険な場所へ、命を賭してまで出かけていった「何か」は見つかりましたか?
それだけが気になっています。
どうか安らかにお休みください。
そして、遠い地から、いつまでたっても殺し合いを止めない愚かな人間たちの住む、
地球のすみずみにまで、いつか愛と平和が満ちることをお祈り下さい。
あなたが足跡を印されたNZから、ご冥福をお祈りしています。

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「マヨネーズ」 「今日はなんの日?」「ハロウィーン!!!」30人近い子どもたちが一斉に答えます。子どもの友人の母親であるメリーは乳飲み子の末っ子を抱(いだ)いてみんなの前に立ち、「覚えてる?イエス・キリストがこの世に生まれた時、すべての悪は死に絶えたの。教会で聞いたことがあるでしょう?」と、低いながらもよく通る声で語り始めました。「だからこの日に、もういなくなった悪魔の格好をして人を怖がらせ、トリート(もてなし)をもらおうとして欲しくないの。」ざわついていた子どもたちが静かになりました。

「今日、パジャマ・パーティーを開いたのはそのためなのよ。恐ろしい格好ではなく、パジャマで集まって楽しいことがしたかったの。人を脅かすのではなく、みんなと楽しみたいの。ゲームも食べ物もたくさんあるわ、楽しい午後にしましょう。」話が終わると子どもたちはワーッと庭に駆け出していきました。パーティーの後、息子たちに、「今日が楽しかったならメリーのお願いを聞いてあげたら?"トリック・オア・トリート"にいかないハロウィーンがあってもいいんじゃない?」と言うと、二人とも黙ってうなずきました。
(←パジャマでもラグビー♪)

西蘭みこと