Vol.0269 「NZ編」 〜キウイの計算 その4〜

15年近く前のこと。シンガポールでアジア株セールスをしていた私は、隣国マレーシアでナンバーワンという証券会社の株式情報を初めて手に入れました。立派な訂そうの2センチ近い厚みのある本で、主要銘柄がすべて網羅されています。マレーシアは成長著しく、業界の裾野も広い魅力的な市場でしたが、当時、外国人には比較的扉を閉ざしており、国内投資家のみで盛り上がっていました。

「なんとかこの成長に乗れないものか?」と、私たち邦銀系投資銀行も新たな企画に取り組んでいるところでした。しかし、資料は読めば読むほど「なに、コレ?」という代物でした。「今後の成長に大いに期待がもてる」だの「大幅な伸びが見込まれる業界」だの、雲をつかむような話ばかりで、他市場で見慣れた、「今後3年間は年率15%の成長を予想」とか「5年後の市場規模は現在の3倍」といった、具体的な数字がほとんどないのです。あるのは各企業の収益見通しくらいで、それも3年度分が精一杯でした。

いくら国内ナンバーワンでも、訂そうが立派でも、「これじゃ、外国人向けには使えないなぁ」と思ったものです。分析の良し悪し以前に、数字がないことで内容がいかに説得力を持たないかを思い知らされた一件でした。アナリストは製造原価、為替、金利、市場動向、新規参入など考え付く限りの要因を盛り込んで一つの数字を導き出します。極論を言えば、最終的な見通しの当否よりも、どんな要因をどれくらい考慮するかにアナリストのセンスと手腕がかかっているのです。

金融業界に10年以上もいれば回りは数字だらけ。数字の説得力と非情さはとことん味わいました。計算ができるか、最終的な数字を判断できるか、導いた数字を味方につけることができるか・・・すべては数字から始まります。実は金融業界であってさえ高等数学が必要な部門は限られており、ほとんどの業務は加減乗除、つまり足し算、引き算、掛け算、割り算の積み重ねです。この隙間にリスクを読み取り、利益を見通していくのです。普通の人には理解しがたい高度な算出過程よりも、どの要因をどれだけ織り込んでいくかの方が、遥かに重要なことがほとんどです。

それゆえに小学校で習う基本的な算数(数学ではなく)の重要さを見直すことになりました。金利、収入と支出の計算も、大まかなことはこのレベルでできます。スーパーの単位当たりの概算も、慣れれば小学5、6年生でも暗算でできるはずです。大人ならここから更に進め、「この店で買うのとあの店で買うのとどっちが得か?」「住宅ローンを今の収入で今後も返済できるのか? そのためにはどれぐらいのリスクがいくらぐらいの金額になって反映されてくるのか?」と言うことまで、加減乗除で割り出すことができましょう。あとは弾き出した数字をどう読むか、です。

その上で、キウイの友人のように「便利さや贅沢にカネを払う」と言うのであれば、異論はありません。彼は「割高=損」という図式を越え、付加価値を自覚して支払っているからです。しかし、その前の段階での計算ができていなかったとしたら、どうなるでしょう? 自分が何にどれだけ支払っているのか把握していないまま、漫然と「便利さ」や「贅沢」にもお金を使っていたら? 現金やクレジットカードで買えばいくらになるのか考えもせずに、勧められるままに高い金利で割賦ローンを組んでいたとしたら? 

「あの人は計算高い」とか、「計算づくでしか事を進めない人」など、"計算"という言葉にはとかく否定的なニュアンスが付きまといます。キウイが答えが一つになる計算より多様な意見を尊重することも、これと同じ価値観に根ざしているのかもしれません。しかし、「計算できない」のと「計算した上で、あえて計算づくに出ない」のとでは事情が違います。多様な意見に説得力を持たせるためにも、数字の裏づけは不可欠です。それを欠けばいつかのマレーシアの株式情報と同じことです。「成長間違いなし」「絶対儲かる」という、誰かの甘いささやきを信じて投資するようなものです。

息子には必要最低限の数字が押さえられ、割賦ローンで買い物をしたとしても金利の重みをそれなりに自覚できるようになって欲しいと思っています。その上で、「まず割賦でもいいからパソコンを手に入れよう。その分、○○は見合わせよう」となるのであれば、全然構わないでしょう。そこから先は個人の判断とお金に対する哲学の問題です。

今になって、お金は稼ぐのと同じくらい、使うことにも神経を使うべきだと痛感しています。かつては買い物でストレスを解消したり、無駄な物をバカバカしい値段で買い込んだりしていたこともありました。朝から晩まで働く身として、時間を惜しんではカネで解決してしまうことなど日常茶飯でした。今さらながら「お金にも買った物にも申し訳ないことをした」という反省の念でいっぱいです。これからは今までの不義理に報いるつもりで、計算しうるものはとことん計算し
、できる限り有意義にお金を使い、自分にとって本当に価値あるものとのみ交換していくよう心がけていきたいと思っています。

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「マヨネーズ」 先週から子ども達は1ヶ月半の長い長ーい夏休みに入りました。ラジオ体操代わりに、夫が毎朝早朝2キロのジョギングに連れ出してくれています。ニュージーランドに来て以来、「火の玉ボーイ」に変身した善は余裕で、おっとり系の温はかなり嫌々ながら、毎日完走しています。善は初めてジョギングをした翌日、「善くん、筋肉チュー♪」と言い出し、家族全員キョットーン?? "筋肉中って?"それとも"筋肉注射?" よくよく聞いたら、"筋肉痛"でした^^;(←ただ今、筋肉チュー♪)

西蘭みこと