Vol.0279 NZ・生活編 〜サモアン・モーニングティー その2〜       2005年1月26日

11月初旬。ご近所きっての"ハンサムウーマン"、サモア系ニュージーランド人のメリーから、モーニングティーに呼ばれた私。初夏の爽やかなベランダで、彼女の生い立ちに耳を傾けました。「私たちはギスボーンから3年前に越して来たの。小さい町でね、アイランダーも少ないのよ。オークランドに来て本当に幸せだわ。誰からも放っといてもらえる生活が、すごく気に入ってる。サモア系もたくさんいるしね。」 

アイランダーの少ない小さな町で、彼女は不便や不愉快な思いをしたのかもしれません。少なくとも故郷に住みたがってはいませんでした。自分の存在を誰も気にしない大都会へ来て、彼女は初めて骨の髄まで自由になったのかもしれません。都会特有の他人への無関心が、さぞや心地良かったことでしょう。私も長らく、その"冷たいぬくもり"を愛してきました。「誰も私を知らない」という想いは、背中に生えた大きな翼でした。

「私はニュージーランド生まれで、ハミルトンの大学を出たの。専攻は英語。夫はサモア生まれで、本格的なサモア料理だったら彼の方が上手いかな?」と言って、メリーはかすかに微笑みました。万能なスーパーウーマンが素直に負けを認める、唯一のことかもしれません。「島の暮らしは知らないけど、サモアンとして自分たちの生活をもっと大切にしたいわ。次男のノネをサモア幼稚園に入れて、少しでもサモア語に触れさせようとしたりね。でも、学校に上がってからは全部英語だけど・・・」と、やや残念そう。 

アイランダーやマオリなどポリネシアン系の人々は子沢山で知られています。近所にも兄弟8人という一家がいます。こうした家では当然ながら親の目も手も行き渡らず、年長の子が下の子の面倒を見たり、家計を助けるために母親も働きに出たりしている場合もあります。移住してからの短い経験ながら、こうした場合の子育ては、1、2人、最高でも3人を育てる場合と、決定的に違っているように思います。良し悪しを論じるつもりはなく、それぞれに長所短所があると思いますが、子ども1人に親がかける手間ひまには当然ながら差があります。

例えば食事。子どもの話によれば、ポリネシアン系の家庭では食事がテーブルの上に作り置きしてあり、家に帰った子ども達が好きな時間に好きなだけ食べておしまいになるようです。子どもが10人近くもいれば、働きに出ている成人から幼児まで、年齢に大きく開きが出る時期もありましょう。特別なことでもない限り、家族揃っての食事は難しいはずです。そうなると1人の子が何をどれくらい食べたのかなど、親は知りようもありません。好き嫌いも過食も見過ごされ、調理からして子ども任せの場合もあります。

私が常々メリーに感服しているのは、まるで1、2人を育てるように4人の子どもを丁寧に育てていることです。1人1人に気を配り、揃って食事をさせ、習い事の送り迎えをし、それぞれの子どもの友だちを招いては一緒に遊ばせ、音楽で多才ぶりを発揮している長女アリシャのために、やれ楽団の練習だ、発表会だと飛び回っては子ども全員を連れて夜遅くまで出かけていたりもします。それを乳飲み子を連れながらこなしているのです! しかも、「子どもっていいわよね。もっと欲しいけど年齢も年齢だし、もうムリかも。残念だわ・・・」とまで言ってのけるのです。

子どもが多くてもきめ細かい子育てを諦めないどころか、更なる負担を喜んで引き受けようとするこの姿勢! いったいどれだけの精神力と時間があれば、彼女のようにできるのでしょう。私には見当もつきませんでした。不意に、「これが彼女の誇りと苦悩なのかな?」と思いました。サモア系として生まれ、才色兼備で平均以上にやってきた自信。その一方で、アイランダーとして一般的には人から上に見られることのない現実。二世として西洋的な価値観や高等教育を身につけていながらも、自らのアイデンティティーに感じる強烈な誇り。文化や伝統、宗教に根差した大家族への憧憬。こうしたものがない交ぜになったものが、彼女を取り巻いているのでは?

私は深みのある彼女の陰影に、強く惹かれていたのかもしれません。笑顔に乏しい、率直な表情。言葉少なで骨太ながら、正確で知的な英語。子どもを食事やお泊りに招けば、「忙しさにかまけて言いそびれないうちに」と心を込めて挨拶してくれる真摯さ。彼女くらい常識のある人だったら、同じことを返せないことを歯がゆく、心苦しく感じていたことでしょう。当初はそんなそぶりもありました。しかし、それを乗り越えてでも、「家族ぐるみで親しくしたい」というこちらの意向を汲んでくれた、思いやりと優しさ。こんな曲折の一つ一つが私の心を捉えて放しませんでした。
(←メリーの娘、才色兼備のアリシャ)

今月中旬、メリーは引っ越していきました。牧師のご主人の仕事で、オークランドから1時間ほど南下した町へ移って行ったのです。移住以来、出会いばかりだった中で初めて迎えた別れ。朝4時半の見送りではみんなが涙にくれました。暗闇の中で彼女と固く抱き合った時、その大きさと温かさを改めて知りました。たった5ヶ月しか隣人でいられなかったものの、貴重な出会いと友情を育む時間を与えられたことに深く感謝しています。"Once a friend, always a friend."  どこまでも逢いに行くよ、メリー!

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「マヨネーズ」 「あの人たちは生むだけで、子育てなんかしないの。子どもだっておもちゃんなんか持ってないのよ。せいぜいテディーが一つあるぐらいじゃない?」 よく話す白人キウイママ談。「あの人たち」とはポリネシアンのこと。彼女の子育てにも惹かれる部分があるのですが・・。南の島にクマはいないから、テディーは元々持ってないでしょう。

西蘭みこと