Vol.0286 NZ・生活編 〜子ども時代を歩く〜

「あのさぁ、ママ。」 学校から帰ったばかりの長男・温が弁当袋をキッチンに持って来ながら、いかにも言いにくそうに声をかけてきました。「これからお迎えに来なくていいよ。ぼくたち友だちと帰って来るから大丈夫だよ。」 この一言を聞いて、私と近くにいた夫は飛び上がらんばかりでした。「これで学校の送迎から解放される♪ バンザーイ!」 ニュージーランドの学校に通い始め、3週間が経とうとしている時でした。

以来、大雨でも降らない限り、2人で通うようになりました。移住して1週間で通学を始め、1週目は遠いモーテルからだったのでクルマで送迎。今の家に引っ越してからの2週目は徒歩圏内になったことから、徒歩でも送迎するようになりました。しかし、友だちと登校するのが楽しくなり、とうとう「自分たちで歩く」と宣言するまでになったのです。いずれこちらから切り出そうと思っていたので、これは嬉しいサプライズでした。

家から学校までは大人の足で10分強、子どもがのんびり歩けば20分以上はかかります。しかし、静かな住宅地を抜け、公園があったり、吊り橋のかかる大きな川が流れていたりと、歩くにはもってこいのコースです。付き添っていた私ですら、「かなり木蓮が散ったなぁ」「わっ、桜が三分咲き♪」と自然の営みを肌で感じ、どこかの家の資源ごみ回収箱がビール瓶で溢れ返っているのを見ては(本来はプラスチックボトル、ガラス瓶、缶の回収用)、「気温10度でもキウイはビールかぁ」と生活感を感じたりもしていました。
(←通学路からの眺め→)

友だちとワイワイ歩いている子どもたちが、木を見上げ、花を見つめているかどうかは疑問ですが、そういうものが常に視界にあり、雨上がりの道の輝き、日差しの強さや暖かさ、川を渡っていく風の冷たさ、遠くに見える人工的なシティーの眺めと周りの自然とのコントラスト、川面を飛ぶ鳥たちの翼の照り返しなど、美しい風景と移ろいゆく季節を、無意識にでも柔らかい脳裏に焼き付けていってくれたらと思います。親の視界から離れ、子どもなりにホッとしたり緊張したりする中で、そうした景色を自分のものにしてくれれば・・・。
私の横浜近郊での子ども時代は、地形を変えるほどの一大造成直前の野山を縦横無尽に駆け巡るものでした。季節の匂いをかぎ、眼下に広がる一面のクローバー畑に立ち、小川に入ってザリガニを捕まえ、足を包むせせらぎの冷たさを感じ、たくさんの虫の鳴き声を聞き分け、自然と就かず離れずにいました。そうした記憶が一枚一枚脳裏に積み重なり膨大なデータベースとなっていたことに、身の回りに自然の欠片さえなくなった大人になった時、初めて気付きました。我ながらその量に驚嘆するとともに、豊かな子ども時代に感謝する次第です。大都会の香港で生まれ育った息子たちには、そんな記憶がありません。コンクリートと大人に囲まれた、都会的データが詰まっているばかりでしょう。

しかし、「どちらが人生を豊かにするか」と考え及んだ時、答えは一つでした。「子どものためにもできるだけ早く、少なくとも長男が小学生のうちに移住できますように」という、私が密かに定めていた移住のデッドラインは、ぎりぎりのところでかないました。兄弟は計5ヶ月、同じ小学校に通い、温は2月の新学期からバス通学で中学校へ進学しました。兄弟で歩いた日々は、一緒だった近所の子どもたちとの楽しい記憶とともに、彼らにとって一生の思い出となることでしょう。思い出の背景に、美しい自然や季節が刷り込まれていれば幸いです。

最近の息子たちは朝6時半には起き、カーテンを開けては、「あれ〜、なんでまだ暗いんだろう?」と言いながら身支度を整え、少し肌寒いと言っては言われなくても長袖の制服をかばんにしまいこみ、気付かないうちに自然の移ろいを感じ取っているようです。7時半ともなれば元気な声が近所中に響き、中学生と小学生がそれぞれ固まってゾロゾロと歩き出します。午後3時を回ると、朝よりぐっとテンションの上がった彼らが一斉に帰ってきます。かばんを置くとすぐに飛び出してきて(かなりの子が制服のポロシャツのまま)、日が長いのをいいことに8時近くまでノンストップで遊び続けます。

この4〜5時間は子ども時代ならではの、貴重な時間だと思っています。ですからご近所同様、うちも放っておき彼らが遊ぶに任せています。歩いて、駆けずり回って、自転車に乗って、見るもの、聞くもの、かぐもの、すべてを覚えておいて欲しいのです。親の目も、期待も何もなく、ただただ自分で感じるままに、この美しい場所と楽しい時間を小箱に封じ、必要な時はいつでも箱を開いて取り出して眺め、幼い頃の幸せな時間を追想できるように・・・。私たち大人はその過程を少しでも邪魔しないように引っ込み、キッチンの窓から時々こっそり覗かせてもらうことにします。

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「マヨネーズ」 雑誌の記事に「学校が始まったこの時期、子どものヘッドライス(頭の毛じらみ)に注意」という記事がありました。頭を寄せ合って本を読んだりしているうちに、あっという間に広まってしまうのだそうです。以前、海外駐在を終えて日本に帰国した友人が、「子どもが学校からしらみをもらってきてしまった」と言っていたので、「世界で一番清潔好きな日本ですらそうなんだから」と、早速、子どもの頭をチェックすることに。

ちょうど学校から帰った善にこの話をすると、「うん、知ってるよ、ヘッドライトでしょう?先生も帽子をシェア(貸し借り)しちゃいけないって言ってたよ。」 「ヘッドライト? ヘッドライスでしょう?」 「ママ知らないの?ヘッドライトだよ。先生だって言ってたよ!」 「まさか!クルマじゃあるまいし」と思っていると、今度は「大丈夫だよ、ボク。ボール頭だから・・・」 ボール頭ぁ?もしかして、ひょっとして、それって坊主頭のこと???

西蘭みこと