Vol.0290 NZ・生活編 〜学校チャチャチャ〜                           2005年3月5日

やや明かりを落としたホールの正面に、新聞記事のスライドが大写しになりました。見出しには、
「Primary school fees now rival colleges'(小学校の費用が高校並みに)」
とあります。次男・善が通う小学校のホール(日本の体育館に相当)で開かれた、保護者説明会。スライドを見るや、集まった200人近い保護者の間から思わず失笑が漏れました。

これは数日前に新聞を賑わせた記事で、私たちの学校の名前もレミュエラ小学校ともども、しっかりと載っていました。「任意の寄付金が、公立高校の年間平均152ドル(約1万2千円)を遥かに上回る400ドルにもなる小学校」として。記事では言明していませんでしたが、わざわざ名指しされ、金額まで提示されたところをみると、この2校はオークランドで、ひいては全国で、最も寄付金の高い公立小学校の一つなのでしょう。知らなかったとはいえ、私たちは大変な学校に子どもを送りこんでしまったようです。

この小学校との縁は、長男・温(11歳)の香港時代の担任の先生が、帰国後ここで教鞭をとっていたことがきっかけでした。
「うちの学校にいらっしゃいよ。何かあっても力になれるわ。」
という彼女の温かい言葉は、移住前から私たちにとり大きな心の支えでした。旅行の時に見学させてもらった際にも非常に好感がもて、何よりも二つの校庭を持つオークランド唯一の地形と、その間を流れる川、それにかかる橋に、家族全員ぞっこんでした。

洗練された校舎や河畔に設けられたミニ野外劇場に多大な寄付金が投入されているなど、当時は知る由もありません。公立校なのですから、そんなことは想像だにしていませんでした。
「さすがニュージーランド!緑あり水ありで本当に素晴らしい環境♪」
と無邪気に感激していました。香港の校庭はコンクリートが普通ですから、夢見心地になるのも無理はありません。しかも、親しい先生がいるとなれば、これ以上は望みようもないでしょう。そのため「学校はあの学校で」と、2年前から決めていたのです。

実際に移住してきて入学を申し込むと、たった半年のために兄弟2人で444ドルの寄付金を請求され、現実に直面しました。教務課の説明は「寄付は任意ですが9割の家庭が協力しています」というもので、「当然、ご協力を」という意向が強く感じられました。不慣れな新参者の私たちは請求額を支払い、多数派に入りました。それから半年。温は卒業して中学校に進学し、善のみが残りました。

2月に新学期を迎え、さっそく保護者説明会が開かれ、校長の開口一番が寄付金についてでした。記事の掲載はその数日前のことで、避けて通ることができない以上、冒頭から釈明に出たのでしょう。
「この記事をご覧になったと思いますが、これには説明が必要です。なぜ我々が年間400ドルの寄付金を必要としているのか? ご存知と思いますが、我々の学校は"デシル10"で政府から追加補助金が一切出ません。出さなくてもこの地域の住人であれば自分たちで必要経費が負担できると判断されているのです。実際、この小学校の卒業生の半数は私立校に進学しています。大多数の家庭は教育に熱心で、それに必要な出費にはやぶさかではないはずです。」

"デシル"とは教育省が定めている公立学校のランキングで、1から10までの十段階評価になっています。これはニュージーランドにあるまじき噴飯物のシステムで、移住してきてから私が心底憤慨した唯一のことかもしれません。というのも、ランキングはその学校に子どもを通わせている家庭の社会的経済状況を反映したもので、学校の施設充実度、ましてや子どもの学力とは一切関係がありません。恐るべきことに、各家庭の世帯収入、子どもの数、親の学力・職業、社会保障を受けている親の構成比、しかもあろうことにマオリ、パシフィック・アイランダーの構成比等が算出基準になっているのです。
(注:2005年の執筆当時はマオリ、パシフィック・アイランダーの構成比が条件の一つとして教育省のサイトにありましたが、その後削除された模様)

そうなると子どもの数が少なく、経済的に裕福な中流層が集まる場所は高ランク、子沢山で生活保障を受けている人が多く集まる場所は低ランクとなります。自ずと前者は白人やアジア人の多い場所、後者はマオリやアイランダーなどポリネシアンの多い場所となりましょう。しかし、公立校ですから学区が指定されている以上、好むと好まざるとにかかわらず、学校は自然に決まってきます。5歳の誕生日を迎え心躍らせながら入学してくる子どもにとり、自分の学校が "デシル1"の最低ランクという烙印を押されていたとしたらどうでしょう。数字には彼らの期待や入学後の努力を映し出す余地はないのです。
(←寄付以外で最も重要な資金調達手段の一つ。文化祭「スクールガラ」)

校長の熱弁はさらに続きます。
「例えばグレン・イネスのタマキ小学校には寄付金がありません。彼らは"デシル1"で、我々にはない補助金を年間50万ドル近くももらうことができるからです。この違いなのです。」 
子どもが少なく1人1人にカネをかけられそうな家庭は「自腹を切れ」と言われているのも同然です。しかし、その次の校長の言葉には絶句してしまいました。
「政府は子どもを人質に取って親に迫っているのです。最高の教育を求めるのであれば親も負担するようにと。」 
思わず、
「その主語は"政府"じゃなく"学校"じゃない?」
と言いたいところでした。
「政府も政府なら、学校も学校。公立校に通わせているのに"最高の教育"って?」
とやるせない思いでした。(つづく)

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「マヨネーズ」   
とうとう口火を切ってしまいました。悲喜交々の学校についてを、これから連載でお届けします。それでも結論から言えば、親子ともどもNZの学校に満足しています。息子たちは塾なし補習なしで、日が暮れるまで遊ぶ時間を心から楽しんでいます。

西蘭みこと

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