Vol.0300 NZ・生活編 〜感動の島にて〜

「2004年×月。私達一家は期待に胸をふくらませ、オークランド空港に降り立ちます。」 2004年3月6日発行の「西蘭花通信」〜感謝と感動の島〜に、こう書きました。その時点では移住認可どころか、移民局からの連絡すらありませんでした。申請からかれこれ1年、なしのつぶての日々でした。同時に愛猫ピッピのガン発病に気づいた直後でもあり、その後の想定しうる波乱含みの展開に、肝を据えていた時期でした。

「2001年1月にこの街を車で流しながら、"ここに住みたい・・・"と思って以来、私の頭から「NZ」の頭文字が消えた日は一日としてなく、香港にいながら南半球を呼吸する日々でした。移住を決めて以降、価値観もライフスタイルも大きく変わり、仕事を辞め、お手伝いさんのいない身の丈に合う、こぢんまりとした生活を始めました。香港にあっても移住生活はすでにスタートしていたのです」と、文章は続きます。申請が受け入れられるのかどうかわからないうちから、私はニュージーランド移住を疑うことなく、「来(きた)るその日」に備えていました。

4月に入ったある日。子どもをスクールバスのバス停まで送った帰り道、ふと「ここを離れたら、猛烈に懐かしくなるんだろうな」という想いが頭を過ぎり、不覚にも涙がこぼれそうになりました。早朝でもかなり蒸し暑くなっていた頃です。移住が決まってもいないのに、長年暮らした香港を、すでに懐かしがっていました。しかし、この心のぶれは迷いではなく、確固とした覚悟でした。その時点で、「期待に胸をふくらませ、オークランド空港に降り立つ」ことは、私の中で"まだ見ぬ事実"になりました。そして翌5月、申請が認可され、本当の事実となったのです。

感謝と感動は今でも続いています。日本を飛び出しあちこち流浪して20年。その挙句に見つけた「約束の土地」。そこでの感謝と感動は、数ヶ月で喰いつぶせるものではありません。むしろ私の中で血となり肉となり、奥深く宿っていくようです。近所の見慣れた風景さえ、1日のうちの違う時間、季節や天気によって驚くほど新鮮に、美しく見えます。実際に歩いてみると、クルマで通り過ぎる時の数倍は楽しむことができます。カメラを持ち歩き、外出先ばかりか家の中や庭でさえシャッターを切ることがしょっちゅうです。見慣れても見飽きることはありません。 (→家から2、3分のメドウバンク駅からの眺め。何度見ても美しい眺めです)

ここでは週に1回は、グレン・イネスの大型スーパーマーケットに行っています。ところがそこで買い物をしていると、なぜか哀しいような、切ないような気分になります。必ずとは限りませんが、3回に2回くらいの確率で胸の奥がジーンとし、時には涙を堪えなければならないほどです。始めは「圧倒的なものに囲まれ、不安定な生活に不安を覚えるんだろうか?」と、もっともな理由を考えてみましたがどうもそうではなさそうです。切ないながらも、その感情が決して嫌ではなかったからです。なんだか懐かしい気さえします。

「これって認可が下りる前に、香港で感じた気持ちと同じ。私はもう"今"を懐かしがってる!」と気づきました。「始まったばかりの生活が懐かしい? なぜだろう?」 何度目かで、私は感じていることを傍らの夫に伝え、「どうやら、2人でここへ買い物に来る日が懐かしくなるらしいの」と、想うところを正直に言いました。「僕が仕事でも始めるってこと?」「多分ね。忙しくて一緒に来れなくなるんじゃないかしら?」「そりゃけっこう。」 そんな会話を交わしました。

あれから約半年。私は昨日、初めて1人で買い物に行きました。夫は何件か打ち合わせがあり、どうしても一緒に落ち合って買い物に行くのは無理でした。「とうとうこの日が来たか。」 "まだ見ぬ事実"は再び事実となったようです。私はクルマのキーを取り、どこかホッとし、どこか誇らしく1人で家を出ました。「これからずっとこうかもしれない。朝から晩まで2人一緒で楽しかった日々が終わる。」 どこまでも続く青空に向かってハンドルを切りながら、消え入るような切なさが秋の雲となって薄くたなびいていました。

「少なからぬ人から"何もない退屈な場所"と聞かされてきましたが、私にとってのNZは、生きていく上での機微が泉のように湧いてくる、豊かで、興味の尽きない場所。」 香港でこう書いた時に思い描いていた通り、NZはからだの奥深く眠っていた感受性を呼び覚ましてくれる場所のようです。「感じることを、信じるところを生きよう。いろいろ考えても、最後は感じたことを信じてやっていこう。」 この数ヶ月、人智が及ばぬ感動は深まるばかりです。

「天気がどんなでも気分は上々。今や不安も心配も、期待と喜びを際立たせる小道具のようです。まぶたの奥で光り輝いていた、"感謝"と"感動"の島。それはもう、夢ではないのです。」と書いたのは、メルマガ200号でした。おかげさまで、今回300号を迎えました。あれから13ヶ月が経ち、この島はもう夢ではありません。この場を借りて、受信してくださっている皆さま、ホームページで目を通してくださっている皆さまに、心からお礼を申し上げます。

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「マヨネーズ」  300号! 長いようで早かった3年間。読む方がいらっしゃる限り、「西蘭花通信」は続きます。NZは一生かかっても語りつくせない場所ですし、オークランドの閑静な住宅街の静かさを破る(朝7時台から縦笛を吹く息子がいる家です)、西蘭家のドタバタ生活も続きますので、時間が許す限り定期配信を続けていく所存です。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

西蘭みこと