Vol.0302 生活編 〜困った時の大原照子さん〜

「どうしよう?」 焼きたてのケーキを前に私は腕組みをしていました。また失敗。ケーキというものは、計量をきちんとやり、レシピに忠実な道具や材料を使い、書いてある通りにやれば、まず大失敗はしないものです。ケーキ作り暦8ヶ月そこいらの私が言うのですから、間違いありません。

ところが、私にはどうしても上手く焼けないケーキがあります。味は好きなのですが、レシピ通りでもなぜか上手くいきません。焼き時間や温度を変えたり、材料を微調整したり、型を変えたり10回は試しましたが、どれも満足できる焼き上がりではありませんでした。しばらく忘れていましたが、翌日の来客を前に急に思い出し、「心を込めて焼けば上手くいくかも」と再挑戦してみたのです。

バカっ丁寧に計量し、道具立てもきっちりやり、「上手くいくように、おいしくなるように」と念じながら混ぜました。しかし、オーブンから取り出すと表面だけが妙に膨らんで、中は膨らみが足らないといういつもの結果に。「金輪際このケーキを焼くのは止めよう。満足なものにしてあげられない材料に申し訳ない。もともと縁がなかったんだろう」と、ずっと冷蔵庫に張っておいたレシピを捨て、私は見切りをつけました。その時点で夜の11時過ぎ。「さて、どうしよう?」と、冒頭に戻ります。

焼き菓子は焼いた当日はどうも甘さが落ち着かず、浮ついた味になることを経験から学び、来客のある時は必ず前夜に焼くようにしています。なので焼き直さないとなれば、他のデザートを考えなければなりません。「やり直そう!」 私は真四角で小ぶりなケーキの本を取り出し、再び材料を出しました。本のタイトルは「One Bowl Cake 一つのボウルでできるお菓子」。「型も一つで全部できます」という副題が付いています。

著者はたくさんの料理本などの著書がある大原照子さん。有名な方なんでしょうが、男性並みに料理本とは縁のない私が、知るはずありません。しかし、この本を始め、私はたくさんの料理本を持っています。そのほとんどが、帰国した駐在員の友人が残していったものでした。ただし、ニュージーランドに来るまで手にしたことはなく、この本ともここで出合いました。誰がくれたのか、いつからうちにあったのかさえわかりません。

この本の中で彼女は、エンゼル型という真ん中に穴が開いた型一つのみを使い、ケーキ、スコーン、プリンをどんどん作ってしまうのです。この潔さ! ケーキはオーソドックスなものから、「万能ねぎとじゃこのケーキ」など、心惹かれる独創的なものまでが整然と並んでおり、初めて手にする身には感動的な本でした。しかも、冒頭の「はじめに」は、「ある日、気がついたら還暦を迎えていました。つまり老人になっていたということです。そこで、台所ライフの革命をしてみました。それは、スペースから調理器具、調味料まで可能な限り狭く、そして数少なく、"極めつき"といってもよいほどの簡素な暮しをスタートさせたのです。そして、2年半。目下のところ快適で便利。」と始り、この文章にはクラクラしました。「なんてステキな暮らしぶり! なんてステキな還暦!」 私はキッチンに立ったまま、急速に彼女に傾いていきました。

困った時には彼女に頼るしかありません。私は何回も作っている「チョコレートのケーキ」のページを開きました。材料の分量を再確認するよりも何よりも、作り始める前に必ず読みたい彼女の一文。「イギリスで暮らしているとき、女の子がボーイフレンドへのプレゼント用にチョコレートケーキを好んで焼いているのをよく見かけました。チョコレートのケーキは難しそう? そんなことはありません。中でもこれは超簡単。バターの代わりにオイルを使っているので混ぜやすく、あっという間にできあがります。」

せっかくですから、"世界一簡単な"大原流チョコレートケーキのレシピを転載させていただきましょう。
材料:
薄力粉130g
ココア 大さじ1 1/3
ベーキングパウダー 小さじ1 1/3(以上、A) 
砂糖100g
卵 大1個
はちみつ 大さじ2
サラダ油100cc
牛乳70cc
パウダーシュガー少々
型に塗るサラダ油少々 

作り方:
1.オーブンは180度にセット。型の内側にサラダ油を塗る(私は指でガシガシ塗ります) 
2.ボールにAを合わせてふるい入れ、砂糖をスプーンで混ぜる(私は砂糖も合わせてふっちゃいます) 
3.2の真ん中に穴をあけて割りほぐした卵、はちみつ、サラダ油、牛乳を入れ、スプーンで切るように混ぜちゃいます。(なーんとハンドミキサーも泡だて器も不要!) 
4.型に入れて中段で30分焼く(焼く前にトントントンと打ちつけるのをお忘れなく) 
5.あら熱が取れたら型から外してパウダーシュガーをどうぞ(うちは代わりに生クリームを使うことも)

ココアと砂糖を減らしてチョコチップを入れることもあります。砂糖はブラウンシュガーを使って80gに抑えたり、NZのはちみつは純度が高いのかすごく"濃い"感じなので大さじ1にしたりしています。サラダ油は100ccから型に塗る分もちょちょっといただいちゃいます。温と善もこのケーキのおかげで、自分たちでケーキが焼けるようになりました。イギリスでは女の子がボーイフレンドへ。西蘭家では男の子がガールフレンドへ^^? 日付が変わる頃には、焼き直したケーキもできあがりました。

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「マヨネーズ」   彼女のエピソードの刷り込みか、このケーキを焼く時はなんとな〜く夫のことを思い浮かべています。(思い浮かべなくても振り向けばその辺にいたりするんですが・・笑) 誰かのために心を込めて焼く方が、漠然と焼くよりもなんとなく仕上がりがいいような・・・。初心者なりの失敗しない知恵でしょうかね^^?

西蘭みこと