Vol.0318 生活編 〜ミセス・ダレカの不思議な家 その3〜

ミセス・ダレカの後を引き継いで、今の家に住み始めた西蘭一家。この家に宿っていたらしいものも去り、いよいよ私たちと家そのものが残されました。「宿ったものがいなくなって、この家はただの物質、無機質なものに戻ったんだろうか?」 これが私の新たな疑問でした。住み始めてしまうと、その辺の微妙なところはわからなくなってしまうものです。初めてこの家を訪れた時の印象を反芻してみても、何度も何度もコピーを繰り返した不鮮明な写真のようにぼんやりとしたものになってしまいます。

それでも、「まだ彼女の魔法が効いてるんだろうか?」と思うことがいくつかありました。その典型が窓でした。不動産屋に連れられ、初めて家の中に入った時、「なんてきれいな窓!」と感動したものでした。日本のようなサッシの窓ではないので、窓ガラス自体が薄いこともありますが、とにかくガラスがはまっていないかのように透明で、外の景色が家の中に入り込んでいるような錯覚を覚えるほどでした。ちょうど雨の季節で庭の緑が鮮やかだったことも一因でしょうが、驚くほどの鮮明さ、透明度でした。

しかも、窓ガラスは私たちが住み始めても曇ることがありませんでした。「ニュージーランドの雨ってきれいすぎて、窓に水滴がついても跡が残らないんだ!」と、信じこんでいたほどです。「どうやって窓拭きしてたんだろう? 業者に頼んでいたにしても、こんなに長持ちするものなのかしら? でも彼女の暮らしぶりから見て、自分でやっていたとしか思えないんだけど。ガラスクリーナーは何を使ってたんだろう?」と、裏庭に面したキッチンからの眺めを楽しみつつ、ずっと考えていました。 「こんな調子なら1年に数回窓拭きすればいいのか!ラク勝、ラク勝♪」と、ぬか喜びしてもいました。

お恥ずかしながら、この家に越してきて3ヶ月間というもの、私は窓拭きを一度もしませんでした。8−10月は1年でも最も雨が多く、1日に何回も大雨が降る季節だというのに! 本当に必要を感じず、古い木の窓枠を拭くくらいでした。しかし、3ヶ月も経つとさすがに曇ってきて、とうとうある日、自分で拭いてみることにしました。 「ここの雨は窓に跡が残らない」と端から信じていた私は、ガラスクリーナーを使わず、濡れた雑巾で拭いた後、乾いた雑巾で乾拭きするに留めました。キッチン、リビング、ダイニング、それぞれの天井から床までのフレンチ窓と、狭い割にはかなりの面積になる窓をうんうんハーハー言いながら拭いてみました。当然ながらピッカピカになり、「やった〜♪ これであと3ヶ月は持ってくれるならお安いご用」とホクホクしていました。

翌日、雨が降りました。雨が止んで陽が差してくると、逆行になった窓には無数の水滴の跡が! 降り込んでいた方角の窓など、薄くではあるものの雨の跡が縞模様になっているほどでした! 「えぇぇぇ!? ここの雨は跡が残らないんじゃないの? これじゃ、厚い大気汚染の中を降ってくる香港の雨と一緒じゃない!」と、愕然。さっそくガラスクリーナーを買いに走り、うんうんハーハー言いながら拭き直しました。

また、雨が降りました。さすがに前回の水拭き後よりはいいものの、一雨降るごとに透明度が落ち、3ヶ月持つなど夢の夢でした。特にキッチンは自然と油染み、洗いものの水も跳ね、あっという間に薄汚れてきます。いくつかガラスクリーナーを試しましたが、どれも五十歩百歩でミセス・ダレカのようにはいきません。「いったい、彼女はどうやって拭いてたんだろう? それとも魔法?」 疑問は当時も今も変わっていません。

「彼女に続こう。この家を引き継ぐ者として、彼女が吹き込んだ息吹を逃がしてしまわないように。どこまでできるかわからないけど、精一杯やってみよう。」(「ミセス・ダレカ その2」より)と言っておきながら、窓一つで立ち往生。凡人は試行錯誤を繰り返しつつ、日々精進するしかないようです。これも彼女の家から学んだこと。「焦らず腐らず家磨きに励もう。」 方法論を超え、初心に立ち返えることにしました。それこそが家に息吹を吹き込み、家が応えてくれるようになる唯一の道に思えました。
                                       (精進が続きます→)

「家との対話」・・・ばかげた話に聞こえるでしょうが、私は真剣でした。この家の不思議さ、手応えを知ってしまった以上、「それは可能」と、頭から信じることができました。その対話には他人は入ってきませんので、家族も含め、人がどう思おうが一向にかまいません。ただ自分の思うところを、夫にも告げずにあれこれ試し、黙々とカーペットを拭き、庭を掃きとやっていました。そんな中でとうとう一つのことに気がつきました。「玄関のポーチを掃除すると何かが起きる!」ということを。(つづく)

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「マヨネーズ」  香港から持ってきた11年落ちの愛車サーブが壊れて動かなくなりました。修理の人に見てもらうと、かなり深刻な問題かもしれないということがわかり、1週間ほど修理に出すことになりました。うちにはこれしかクルマがありませんので、これから1週間、クルマのない生活になります。 交通機関が発達しているとは言いがたいオークランド郊外に住む家族持ちにとって、クルマのない生活はかなりの"非常事態"とも思えます。

しかし、引越しを検討している時期にこういう事態になったことに深い意義を感じ(NZに持ち込む時に徹底的に検査をしてきたので、かなり意外な事です)、これからの数日間、クルマのない暮らしを送りながら、これまで、これからの生活を真摯に謙虚に考えていこうと思います。顛末と感想はそのうちご報告します。

西蘭みこと