Vol.0325 NZ・経済編 〜キウイ・ベアの冬支度U−モヤシ・ショック〜    2005年7月9日

「うそ!」 いつものグレン・イネスに買い物に行き、いつもの中華スーパーの野菜コーナーで、いつものモヤシの袋を手に取ろうとしたとたん、思わず立ちすくんでしまいました。「信じられない。」 値札には「1.49ドル」(120円)と書かれています。このモヤシはここに通うようになってかれこれ10ヶ月、ずっと「0.99ドル」(80円)でした。記憶にある限り、一度も値段が変わったことはありません。それが突然値上がりしたのです。

「たかだか50セント、40円の差じゃない」と言われそうですが、パーセンテージで考えたら5割の値上げです。しかもモヤシですから室内栽培のはずで、青果にありがちな季節や天候の影響を受ける作物ではありません。出荷量も価格も野菜の中では最も安定しているものの一つでしょう。それが一気に5割も値上げしたのです。ニュージーランドには、日本のスーパーのように10円、20円の差でしのぎを削る競合はありません。しかし、中華スーパーでもチェーンとなると、数字に細かいアジア人客相手にアジア人自身が経営しているせいか、大型スーパーよりよほど価格設定が細かく、市況を反映しています。

その店で、少なくとも1年近く値段が据え置かれていたものが5割も値上がりしたのですから、伸びた手が思わず止まるというものです。私のように絶対金額の違いよりも値上げ幅に驚いた客が多数いたのか、たまたま陳列した直後だったのか、ぎっしりトレイに立てられた袋は一つも抜き取った形跡がないまま、整然と並んでいました。あれは確か4月の終わりか5月初旬、今から2ヶ月ほど前のことでした。

この一件は私個人にとり、「モヤシ・ショック」とでも呼びたいほどの衝撃でした。実際に経験するまで想像だにつかなかったショックで、いつも欠かさず買うモヤシを買わなかったばかりか、野菜らしい野菜を何も買わずに帰ってきてしまうほど動揺していました。家でスーパーの袋を開けるや、肉や乾物ばかり出てきて閉口したものです。モヤシを見てからの頭の中は、容量めいっぱいの重いファイルをダウンロードするようにモーター音がしそうなほど高速回転し続け、商品も目に入らなければ、夫との会話も上の空でした。
(←「モヤシ・ショック」の舞台。観音開きのドアは中華社会の掲示板代わり)

自分が知る限りの情報をダウンロードしたあげく、なぜそれほどショックを受けたのか考えてみました。そして行き着いた答えが、「この国の経済規模の小ささを初めて実感したから」でした。常々ここでも言っているように、NZの人口は静岡県と同じ4百万人です。日本の1億2千万人の30分の1、フランスの15分の1、台湾の5分の1、香港の半分強、アジアでは小国の代表、シンガポールでさえNZより人口が多いのです。つまり、この国は私が暮らしたことのある国・地域はもとより、世界的にみても非常に人口の少ない国なのです。数字の上では理解していたつもりですが、モヤシを通じてそれを思い知らされました。

「モヤシと人口?」 話が飛躍しすぎですね。もう少し親切に解説してみましょう。経済では国の大小はほぼ市場規模で決まります。天然資源でも埋まっていない限り、国土の広さなどまったくと言っていいほど問題にされません。市場規模は人口にざっくり国民一人当たりの平均所得を掛け合わせれば出てきます。日本のように狭い国土に所得水準の高い人たちがぎっしり住んでいればいるほど魅力的な市場になります。市場が大きくなるにつれモノが売れ、ヒトが動き、巨額のカネが動きます。景気が良ければ一斉に消費が上向き、悪化しても人口の分だけ消費動向が多様化するので、なかなか底堅く推移します。

では、人口が少なく市場規模が日本の県並みしかない国はどうなるのでしょう? 好景気の時はいいとしても、いったん景気が悪化すればその痛みを少人数で分け合うことになりはしないでしょうか? 普通の感覚では、モノが売れなくなればマージンを削りながら段階的に値下げをし、販売促進を図るでしょう。売上げを上げ、少しでも資金を回収するためです。しかし、それでも売れなければどうするでしょう? 値上げです。財布を開く意思のある人からがっぽり取って、利益を確保するしかありません。

ここではモヤシのような小さな商品には業界間の競合などなく、競争原理は働きません。安いモヤシを探したければ、別の街で別の業者から仕入れている中華スーパーを探すしかないでしょう。そこまでクルマを走らせれば、ガソリン代はゆうに50セントを越えます。モヤシが欲しかったら5割の値上げを受け入れるしかないのです。これがNZ暮らしなのです。「他の国と比べて人口が何分の1かになる分、何かあった時の痛みは何倍にも感じられるんじゃないかしら?」 私の思考はモヤシから遥か遠くまで行っていましたが、このからくりはモヤシに留まらないはずです。「大変な時代が来る・・・」 肉ばかりで夜の献立を考えなければならない以上に、私はこの国の経済の行方に想いを馳せていました。(不定期でつづく)

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「マヨネーズ」 「多分さ、モヤシを作ってる業者が2社あったんじゃない?そこが合併して市場を独占。だから5割の値上げ。きっとこれだよ!」 「モヤシが、モヤシが・・・」と脇でブツブツ言っている私に夫が説いた"市場独占説"。う〜ん、それだったらまだいいんですけど。この衝撃の大きさは尋常ではなく、深読みせざるをえません。オイル・ショックならぬ、モヤシ・ショック。個人的転換点の真の始まりでした。

ここまで書いておいて後は配信すればいいまでになっていたのですが、突然のロンドン同時多発テロの報道で7日は深夜までテレビに釘付けでした。犠牲者の冥福をお祈りします。

西蘭みこと