Vol.0337 生活編 〜餓鬼月〜                         2005年8月20日

8月12日、「福岡市上空で、日航グループJALウェイズのエンジンが炎上・・・」という第一報をネット上で目にした瞬間、夫婦で思わず「ハングリーゴースト・マンス!」と声に出してしまいました。ハングリーゴースト・マンスとは「餓鬼月」の英語直訳で、シンガポールやマレーシアなど東南アジアの華人を始め、中華圏の人々が特に気にするものです。中国語ではずばり「鬼月」(クェイユエ)。日本のお盆と同じ発想で、旧暦の7月1日(今年は8月5日)に鬼門が開き、あの世の鬼(死者の霊)が大挙してこの世に帰ってくるというのです。

鬼は1ヶ月後に門が閉まるまで現世に留まり、家族を尋ねたり、誰かに取り憑いたりすると信じられています。死後の世界への恐れと親しみが微妙にないまぜになった風習で、1ヶ月間と期間が長いこともあり、実生活への影響は日本のお盆より遥かに重要です。中華圏で20年暮らした私に言わせれば、彼ら華人たちほど計算高く、現実的な民族を他に知りません。その彼らが凝りに凝っている風水やこうした風習には、中国三千年だか五千年だかの経験に裏打ちされた、膨大な統計学が潜んでいると思っています。
(現実的ゆえ信心深い中華圏の人々。中国正月の時の中国廟にはお供えものがてんこ盛り。ハーウィックにて→)

「この間取りだと良くないことが起きる」「この人にはこの方角が吉」というのも、長い歴史の中での経験則に基づいているのでしょう。ただ、解釈の違いや生年月日、住んでいる場所などいろいろな要因で結果が変わってくるため、データをコンピューター処理して一元化することはできません。私自身、非常に現実的な人間なので、現実的な華人たちが尊重するこうした風潮を尊重しています。風水師に足繁く通ったりはしませんが、彼らの間で常識となっていることにはなるべく従うようにしています。

鬼が跋扈する餓鬼月にしてはいけないことの筆頭は、「家の購入」「結婚」です。不吉な月ですから、なるべく大人しく過ごし、大きな決心を伴うことはなるべく避けた方がいいという考えです。他にも「飛行機(または船)に乗ること」というのがあります。これは霊といえどもこの世に帰って来るのに乗り物を使うため(この辺の現実的な発想が中華系@@!)、飛行機や船が彼らの重みで落ちたり沈んだりすることがある、というのです!

この話をシンガポール人から大真面目に聞かされた時、私は思わず大笑いしてしまいました。「そんな〜。8月といえば夏休みの真っ盛りじゃない。この時期に飛行機に乗らないなんて・・・」 しかし、単独の航空機事故としては世界最悪の事態となった、御巣鷹山の日航ジャンボ機の墜落はまさにお盆の時期でした。けっきょくそれ以降、夏休みはなるべく7月中に取るようにし始めた西蘭家。変わり身の速さも現実的で"中華ちっく"です(笑)

JALウェイズの乗客乗員229人は奇跡的に全員無事で、ほ〜っと胸をなでおろしていたら、2日後の14日、今度はギリシャでヘリオス航空が墜落、乗客乗員121人全員が死亡という、痛ましい事故となってしまいました。この飛行機は機内の気圧がなんらかの事情で下がり、墜落する以前に乗客は凍っていたそうです。機は消息を絶ってからも生存者がいないまま、自動操縦で1時間半も飛び続け、英語の報道でも「幽霊飛行機」と書いてありました。中国語訳なら「鬼機」(クェイチー)でしょう。

その3日後(現地時間では2日後)、今度はベネズエラで旅客機が墜落。ブラックボックスが回収されたのみで、乗客乗員160人は絶望でした。航空機事故は続くと言いますが、今年は日航ジャンボ機の悲劇から20年ということもあり(高校の同学年だった「体操部の華」が犠牲になりました)、心境はことさら複雑です。

どんなに安全を願っても、なくならない惨劇。当たり前のことながら、世の中には完璧というものはなく、あると思った瞬間こそ奢っているのだと気づくべきなのでしょう。だからこそ、上手くいった時には感謝を。犠牲者が身をもって気づかせてくれたこうしたこと、何気ない日常のありがたさ、家族や健康の尊さ、「命を落とすことに比べたら、他のことなんかどうでもいい」と心から思える、大惨事の後の素直な想いを大切にしたいと思います。そして、犠牲者が少しでも苦しまずに逝ってくれたことを祈らずにはいられません。

今では、1年に1ヶ月くらい生者(しょうじゃ)として死者の霊と近く過ごし、生きていることに感謝しつつ、逝ってしまったものに尊厳を払い、感慨深く過ごすのも悪くないと思っています。欲しければ家は他の月に買えますし、結婚だっていつでもできます。あえてこの月にしなければならないのなら、心から祈願し霊を慰め、飛行機に乗るなり、ぺットを飼うなりすればいいと思います。(動物には霊が憑きやすいそうで餓鬼月には新しい動物を家に入れない方がいいそうですが、うちのネコ2匹は8月から飼い始めました)

鬼門が閉まる頃にはナスやキュウリに足をつけ、日本風に鬼たちを送りましょう。この8月に多数出てしまった航空機事故やイラクの自爆テロ(17日)の犠牲者の霊もまっすぐ昇天できるよう、心をこめて送ろうと思います。ヘリオス機の事故で両親と姉2人を失い2歳にして天涯孤独の身となったオーストラリア籍の赤ちゃん、ジョージくんは、周囲の愛に育まれ、残された者の希望のように、しっかりと育っていくことでしょう。

「どんな時にも希望はある。」 
餓鬼月こその想いです。

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「マヨネーズ」 数々の(不定期でつづく)をひきずりながら、またまたまったく関係ない読み切りをお届けします^^;これをこの時期に書くには理由があったので。「さいらん日記」(8月18日分)にその訳を記しましたので、よろしかったらチラッとのぞいて見てください。

西蘭みこと