Vol.0349 生活編 〜自由自在 U〜                    2005年10月1日

「僕は君たちに勉強を教えるつもりはない。教えるのは勉強の仕方だ。もう高学年なんだから、これからの勉強は教えてもらうんじゃなくて自分でするんだ。」
手元に置いた水を飲み飲み、小学校の後半3年間の受け持ちだった森川先生が言いました。先生はこんな風に不意に真実を説くかと思えば、
「水を飲んでないと僕は死ぬ。」
「僕の胃はあと1センチで穴が開く。」
と言い出し、生徒たちは彼の唐突な言葉には慣れっこになっていました。
    (日本の小6と中1がNZでの中学校。温の学校での裸足の学校対抗ラグビー試合→)

「サンタ・クロースってなにじんか知ってるか?」
「・・・・・」(「ほ〜ら、始まった」と沈黙する生徒)
「外国人の名前だから苗字と名前がひっくり返ってるんだ。だから本名はクロース・サンタ。」
「・・・・・」(黙々と教科書を読んで無視している子も)
「実は、日本人なんだよ」
「・・・・?」(さすがにみんな顔を上げる)
先生はクルりと黒板に向き直り、「黒須 三太」とチョークで大書きし、カカカカカとひとりで大笑い。(みんなも力なくヘナヘナ笑い)こんなことは日常茶飯事でした。

「『自由自在』って知ってるか?」
ある日、またナゾナゾめいた質問が飛び出しました。
「分厚い受験参考書だ。この本が面白いのは開いて勉強したページには、必ず本の下のところに黒い筋が入るんだ。だから、どれぐらい勉強したかすぐわかる。全部やったら真っ黒になるぞ。教科書でも筋が入るけどそんなに黒くはならない。でも『自由自在』は真っ黒になる。」
先生は手にした教科書の下の部分、本の厚みの部分をかざしながら、ブツブツ言っています。なんとなく聞いていた一部の生徒も同じように教科書の底を見ています。

私も見てみました。そんな部分をしげしげと見るのは初めてでした。すでに習ったページには黄ばんだ筋が入り、開いた時にページを曲げるのでページとページの間に隙間ができて膨らんでいます。まだ習っていない方のページは、製本した時に裁断したそのままにピッタリとくっつき、筋もなく真っ白です。
「なっ? 勉強したページはすぐわかるだろう?これが『自由自在』だと真っ黒になるんだ・・・」
先生は筋の黒さを不思議がっていただけで、受験参考書を薦めていたわけではありません。けれど、中学受験など考えたこともなく1冊も参考書を持っていなかった私は、不思議な黒い筋が気になり、とりあえず4教科のうちの「算数」を買ってみることにしました。

家でひとり机に向かい、厚さ4センチはある「自由自在」を開き、目次、本文と読み進めるに連れ、目から鱗の思いでした。 「なんてわかりやすいんだろう!」 生来、非常に合理的な私に打ってつけの構成でした。まず課題があり、そこで何を学ぶかの簡潔な説明があり、例題があり、その下にはすぐ解き方と回答があります。どういう経路で回答を導くかが一目瞭然でした。それは完全な発想の転換でした。それまではドリルなどの問題集しかやったことがなく、問題と回答は絶対に別々な存在で、両者をつなぐものは正解しかありませんでした。回答を見てしまうことはすなわちカンニングであり、してはいけないことでした。不正解なら単純な計算違いででもない限り、なぜ間違えたのかはわかりません。

しかし、「自由自在」は違います。例題の真下に答えがあり、必ず目に入るようになっています。それまでのように答え合わせだけで済ますこともできますが、ここでのカギは回答の正誤より、回答までの経路です。面倒でも自分のやり方と記載された解き方を比べれば、正誤の確認だけでなく、他の説き方を知ることができます。回答が惜しげもなく供されることで、まったく新しいものが見えてきました。問題と回答を正解以外に自力でつなぐことができる――つまり、独学の可能性です。

それまでは学校で習っていないことなど、手をつけてみようと思ったこともありませんでした。教えられることを、ただ受動的に待っていました。ところが「自由自在」を知ったとたん、習っていないことを進んでやってみたくなりました。どこまで自力でやれるのか、試してみたくなったのです。
「よし、この底を真っ黒にしよう!」
私はそれだけを目的に、ひとりで勉強を始めました。「小数」「面積」「概数」など、まったく離れたページをやってみて、本当に筋がつくか、どれぐらいの色になるかを比べてみました。

結果は先生の言う通りでした。まるで鉛筆でこすったかのように、本の底にくっきりと筋が入るのです。何度も開いたページは特に濃くなりました。線がいく本もできた後は、その間を埋めて面とすべく、最初からつぶさに問題をこなすことにしました。ローラー作戦です。習ったものも、習っていないものもローラーにかけられ、黒い線はだんだん幅広になっていきました。受験参考書ですから、「ラサール」「武蔵」「灘」と日本中の有名校の出題もふんだんに出てきます。遠い地の校名を目にするたびに、「日本は広い。世界はもっと広い。」と妙な想像力を膨らましてもいました。

こうして一生の宝となる勉強の仕方を学び、その後の高校受験、大学受験、果ては卒業論文、中国語の習得と、私の学びは常に自己流、独学的でした。学習塾というところにはついぞ行ったことがなく、受験用の春期講習というものも、物は試しと申し込んでみましたが、「往復の時間と労力、お金がもったいない」と早々に見切りをつけ、受験勉強はひたすら家でやりました。今、「自由自在」を開く息子に何よりも期待していることは、ひとりで学んでいけるしなやかさを身につけてもらうことです。恩師の教えは今も生きています。

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「マヨネーズ」 ニュージーランドの総選挙の最終結果が出ました。労働党は50議席、国民党は1議席減の48議席に。小党の議席数はそのままで、比例代表制の関係で全体が1議席減って121議席になりました。政治の舞台は労働党による3期9年の長期政権へ。

西蘭みこと