Vol.0353 NZ・生活編 〜別世界のフットボール〜            2005年10月22日

「別世界だな〜」
クルマから降りるや、そう思いました。降りしきる小雨の中、駐車場を出ようとした時、夜目にもポリネシアン系とわかる背の高い大柄な若い警備員から
"Enjoy the game!"(試合を楽しんで!)
と、声をかけられました。私たちは13人制ラグビー「リーグ」の対オーストラリア戦を観に来たところでした。「13人制と15人制ってどこか違うの?」と思われそうですが、選手が2人少ないだけでなく、「走る」という点では一緒でも短距離走と長距離走では全然違う競技となるように、かなり異なるスポーツです。

私にとって何よりも違ったのは、球場の「エリクソン・スタジアム」に漂う雰囲気、それを醸しだす観客たちでした。「別世界」と感じたのも、あながち大げさではありません。入り口に向かって歩く人たちは圧倒的に男性、ポリネシアン系です。女、子ども、白人は出る幕がないかのよう。彼らは心持ち背を丸め、ポケットに手を突っ込み、タバコをふかしながら黙々と歩いているか、隣の連れ合いとボソボソ低い声で話しているか。
「これで小脇に丸めた新聞でも挟んでいたら、競馬場に向かう競馬ファンだな(笑)」
という眺めでした。

この印象は的を射ているはずです。ニュージーランドでは、ラグビーの試合は日本のサッカーくじ同様、賭けの対象ですので、彼らのかなりはサポーターとしてだけでなく、自分の賭け金の行方を確かめたくて、ここまで来ているのでしょう。雨でも傘を差す習慣のない国ですから、これだけの人がいても傘を差している人は皆無。みなコートやフリースの襟を立て、フードや帽子を被っているばかり。防水加工された工事用作業着を着ている人もいます。彼らの外見にラグビー観戦と結びつきそうなものはほとんど見当たりません。

これが15人制ラグビーの総本山「イーデンパーク」なら、1着1万円のレプリカ・ジャージを着込みフェイスペイントをし、手にはチームの旗を持った親子、カップル、グループがわんさかいます。見た目にも華やかで、一目でラグビー観戦とわかるいでたちです。雨が降れば、スポンサー名の入った使い捨てレインコートを着た人でスタンドが埋まりますが、ここにはそんなスポンサーなどいそうもありません。

彼らの肌や髪の黒さ、大柄な体つきは、視界の容積をいっぱいにします。「場末」「労働者階級」といったお仕着せな形容詞で片付けられてしまいそうな雰囲気もあります。私はこの濃厚なムードが、かなり好きです。「ワルくない」と思いながら、彼らに混じって屋根のない一番安いファミリー席に座り、一緒に雨に打たれていました。試合前の国歌斉唱では、先に歌われるマオリ語から大勢の観客、選手が歌っています。通常はみんなが歌詞を覚えていないマオリ語より、後から歌われる英語で一段と声が大きくなるものですが、ここは違います。二言語とも朗々と歌われています。

国際試合には欠かせない、恒例の「ハカ」(ウォークライ。戦いの前の踊り)も違います。観客も選手と一緒に客席で足を踏み鳴らすため、つながった座席を通じて振動が伝わってそれはそれは臨場感があり、否が上でも盛り上がってきます。楕円のボールがライトを斜めに切り、いよいよ試合開始! 怒涛のような応援、あまり子どもに聞かせたくはない四文字言葉。これまた今までのラグビー観戦にはなかった状況です。球場が狭いこともあり、選手と観客が本当に一つになっています。応援や野次は選手の耳にも届いていたはずです。

不思議な一体感。何とも言えない温かさ。荒削りでまっすぐな人たち。私がいつもポリネシアンに感じるものが球場全体に満ち満ちている気がしました。彼らが社会の中であまり上に見られることがないように、「リーグ」もラグビーの中では二流競技に見られがちです。雨を押してまでやって来たのは、それが本当なのかをこの目で見たかったこともあります。実際に目にしたものは、雨の中でもビールを片手に、熱く楽しむ人々でした。

「リーグが好きかい?やってるのかい?」
試合の後、夫がクルマを取りに行っている間、行きがけに声をかけてくれた駐車場の警備員が息子に話かけてきました。
「リーグはやってないけど、ラグビーはやってるよ。」
敬語のない英語のフランクさそのままに長男が答えると、
「えっ?ラグビー?そりゃ、スゴいな!」
彼は驚いたように言いました。
「夫もこの2人もラガーなの。珍しい東洋人でしょう?」
私も話に加わると、
「ラグビーだなんて、スゴいな。」                              
(奥の黒ジャージが「キウイ」↑)
彼は盛んに褒めてくれます。これがラグビーとリーグの違いなのでしょうか?

その時、夫の運転するクルマが近づいてきました。彼はそれを見て、
「ナイス・カー。グッド・ハズバンド。」
と不意に言い、暗がりの中でニッコリ微笑みました。
「ありがとう。良い週末を。」
私は心からお礼をいいクルマに乗り込みました。

"We're naturally big-boned, beautiful people.(私たちはもともと骨太で美しい人々)"

毎年恒例のNZ版「スター誕生」で、先週みごとグランプリに輝いたポリネシアンの歌姫ロジータ・バイの言葉がふと蘇りました。

「そう、あなたたちは美しい。些細なことで人を褒められるその心根も美しい。夫も子どももラグビーしかないところで始めたからラグビーをしているだけ。外車でも私たちのサーブは10年落ちの中古もいいところ。香港じゃ廃車にするしかなかった無価値のクルマ。それでも声をかけてくれて、褒めてくれてありがとう。今夜はあなたに会うために、あなたの仲間をもっと知るために出かけて来たんだと気がついたわ。試合は負けちゃったけど、おかげでいい夜だったわ。」 

冷え切ったからだに彼と彼らの温かさが満ちてきました。

******************************************************************************************

「マヨネーズ」 はい、タイトルは「万延元年のフットボール」からのパクリです(素) ラグビーの正式名はラグビー・フットボールなので^^A

西蘭みこと