Vol.0381  NZ編 〜不動産チャチャチャ−オークション〜         2006年3月16日

エレベーターのドアが開くと、目の前にかなりの人が立っていました。隣の人と顔を寄せ、ひそひそと囁きあう人、熱心にパンフレットを読んでいる人、所在なげに張り出してある紙を見ている人。その間を胸にバッジをつけた、見るからにテーラーメードとわかる高級スーツに身を包み、ピカピカに磨かれた靴を履いた男性たちが忙しそうに行き来し、まとまりのない空間にそこはかとない緊張感を紡いでいました。

私たちはオークランド最大の不動産会社のオークション会場に来ていました。その会社は毎週水曜日にシティのビルの一角でオークションを開き、午前と午後に分けて数十件の物件を競りにかけています。会場となる部屋の後には売り手が控える小部屋があり、バッジをつけた担当者が買い手と売り手の連絡役として、書き込みのある紙を手に忙(せわ)しく動き回ります。 沸騰したやかんの中のようだったニュージーランドの不動産市況も、住宅ローン金利が8%まで上昇してしまった今、さすがに一服してきました。

私たちは永住権が取れるやマイホーム探しを始めましたが、価格がとっとこ上がっていく局面にあって、マーケットウォッチを続けるに留めてきました。今の借家が気に入っていることもあり、
「いつか、"これだ!"と思う家に出合い、それが私たちのものになるよう天から用意されたものなら買おう。」
と、御託を並べつつも本気でそう思い、運命の巡り合わせを待っているところです。     (この家も良かったのですが、最後に断念→)
                   
私たちはシンガポール、香港、日本と不動産は計3回売買したことがあり、日本以外の2回はいずれもニュージーランドのやり方に近いイギリス式の取引だったため、ここでもそれなりに感覚はつかめているつもりでした。しかし、オークションだけは未経験でした。百聞は一見にしかず。買うつもりがなくても誰でも行けるものなので、自分たちの目でオークションを見てみることにし、朝からシティへ出かけてきたというわけです。

その日、競売が予定されていた物件は17軒。ただし、1軒は示談成立で事前に売却済み、もう1軒はキャンセルとなり、実際は15軒でした。予定時間ちょうどに手元にハンマーを置いたオークショナー(競売人)が挨拶を交えて説明を始めました。盛んに、
「我が社では値段の吊り上げのためのダミーは使わない。」
と強調していたところをみると、売り手と不動産屋が手を組み、買い手の値段を引き上げるよう操作しているケースもあるのでしょうか? 仕手戦というわけですね。失敗したら自分で自分の家を落札することに
^^

冗談を交えながらの朗らかな説明が済むや、すぐに競りが始まりました。オークショナーの声色が同一人物とは思えないほどガラリと変わり、競馬中継のように抑揚のないフラットな声が、心電図の記録のように絶え間なく彼の口から漏れてきます。

「40万、40万、40万、初値をありがとうございます。他には?」
「41万、はい、そちらの紳士・・・」
「42万・・・住宅ローンに数万追加するだけで夢のマイホームが・・・」
「はい、ありがとうございます。あちらのご婦人が43万・・・」
「44万・・・クラシックなフィミリーホームがこのお値段で。はい、そちらの方・・」

淀みなく流れるような言い草ながら、一瞬の沈黙も許さないすごみのある低い声。人をリラックスさせるより緊張させ、適度に煽ったところで、ふと振り落とす絶妙な采配。オークランドの住宅としては平均的な物件だったこともあり、入札者は投資家ではないマイホーム用の家を探している素人風の夫婦ばかり。ペースは完全に彼のものでした。50万ドル台に入るあたりから札が入りづらくなり、音楽のように連綿と続いていた彼の声がふと止むと、深い沈黙がぱっくりと口を開け、浮き足立っていたら一口で呑み込まれそうでした。お見事! けっきょく落札価格は52万ドル(4,150万円)に。

2軒目は誰も値をつけずに流れ、3軒目は「100万ドル!(8千万円)」と女性が一声かけたものの、売り手の希望価格に達しなかったため、やはり流れてしまいました。4軒目はなかなか初値がつかなかったものの、70万ドルでスタート。すぐに2組の一騎打ちとなり、2万5千ドル刻みで85万ドルまで駆け上がった後は、1万ドル刻み、千ドル刻み、とうとう500ドル刻みにまで競りに競って最終落札価格は95万5千ドル。競り落としたとたん、買い手は首筋から、短く刈り込んだ遠目にはスキンヘッドにも見える金髪の下の頭皮まで見る見る真っ赤になり、緊張と安堵の度合いが手に取るようにわかりました。

好調だったのはここまで。残りの10軒はどれもまったく値がつきませんでした。売り手にとっては自分の家を買いたいと思っている人が1人もいないことを意味し、相当ショッキングなことでしょう。帰宅してから「CV」と呼ばれている不動産評価額(固定資産税の算出基準として市政府が定めているもの)を調べてみると、1軒目のCVは58万ドルで、落札価格は10%も下回っていました。けっこう盛り上がった4軒目でも90万ドル。落札価格は6%上回っただけでした。100万ドルの札が入っても流れた3軒目のCVは150万ドルでした。これが現在の市況なのでしょう。ほんの1時間ほどで大いに勉強させてもらいました。やはり百聞は一見にしかず、です。(不定期でつづく)


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「マヨネーズ」 香港から戻って1週間。さすがに普段のペースに戻ってきました。気がつけばオークランドはすっかり秋の気配に包まれ、あちこちで木々も色づき始めています。ここで何年暮らそうと、決して倦むことがないであろう季節が奏でる荘厳な交響曲をしばし楽しむことにします。今週末で夏時間も終わります。

西蘭みこと