「西蘭花通信」Vol.0395  生活編 〜遺言〜                2006年5月20日

「ゴールデンウィークの後半、楽しんでくださいね。」
「仕事のことは頭から追い出して、リフレッシュします。」
GWの半ば、5連休を前にした日本の取引先と、最後のメールのやり取りをしたのは5月2日の夕方でした。
「今夜は早めに夜ご飯にして、宿題を片付けなきゃ。」
ちょうど夫婦で短期コースに行っている頃で、その日はかなりの宿題が出ていました。

うちには2台のパソコンがあります。私が公私で使っているものと、主に夫が使っている業務用とで、子どもが寝た後、夫婦がそれぞれのパソコンに向かい宿題用の資料作成に取りかかりました。ワードで簡単なテキストを打っているとエラーマークが出、強制終了させられました。
「まただ。」
ここ数日、何度か同じ様なことが置き、パソコン自体が突然再起動になるなど、不安定な状態が続いていたのです。

「ねぇ、バックアップ取ったほうがいいかも。なんだか嫌な予感。」
夫に頼むと、状況を察した彼はすぐに取りかかってくれました。さらに言えば、私のパソコンはここ数ヶ月ずっと芳しくなく、修理にも出していました。そのため、かなりのバックアップはすでに取っていましたが、どんどん更新されていくものこそ大切で、どれを失っても困ります。
「どうかバックアップが全部取れますように。」
途中でパソコンが起動しなくなった場合は、ハードディスクからファイルを取り出さなくてはならず、自分たちの手には負えなくなります。

コンピューターというものは例えウイルスに感染したとしても、本体、つまり機械そのものが壊れてしまうことはなく、すべてを再インストールすれば問題は解決するはず。それでも問題があるとしたら、本体そのものの問題―― 
最後に修理に出した際に、技術者から言われた言葉です。彼は私のパソコンのマザーボードを疑っていました。もしもマザーボードに傷が付いてしまったとしたら、再インストールでも解決できません。
「どうか本体の問題ではありませんように。」
バックアップを取った後、すぐに再インストールを始めた夫の横で宿題をやりながらも、祈るような気持ちでした。

「ウイルスだったの?」
「どうかな。けっこうセキュリティー厳しくしてるし、業務用のパソコンは問題ないし、本体の問題のような気がするんだけど。」
浮かない表情の夫。彼の懸念通りなら再インストールでも解決にはならないかもしれません。そうこうしているうちに再びパソコンが落ちてしまいました。
「う〜ん、いよいよかな?」
立ち上げても再起動になったり、画面が真っ暗になったりで、とうとう作業を続けられなくなってしまいました。
「これが遺言か。」
夫はバックアップを取ったディスクを目の前にかざしてからケースに収め、ポツリと言いました。そう、メタリックに輝く真新しいディスクに収まったものは、愛機の最後のメッセージ、遺言でした。私たちは画面に何も表示されなくなったパソコンを落とし電源を切りました。最期の時。これはもうウイルスの仕業ではないでしょう。真っ暗になった画面に自分の顔がぼんやりと映っていました。ここにはいつも明るく無限へと続く、可能性の窓が開いていたというのに。

「バックアップを全部取らせてくれてありがとう。仕事が終わるまでがんばってくれてありがとう。このタイミングは偶然じゃないよね?」
私は心の中でそう唱え、いつもながら偶然ではない必然の巡り合わせに感動し、畏敬の念でいっぱいでした。
「日本は明日から5連休。1年に1回あるかないかのタイミング。パソコンを買い換えるにしても私には十分時間がある。連休明けにはしれっと仕事が再開できる―― 本当に最後までありがとう。」

愛機の「バイオ」がうちに来たのはかれこれ4年前でした。
「ホームページを立ち上げて、ニュージーランド移住の記録を残そう!」
と思い立ち、メルマガを始めた矢先でした。その後、打ち出した文字数は、
「西蘭花通信」100万字
日記「さいらん日和」30万字(私が担当し始めた2003年以降)
ラグビーブログ「オフ・ザ・ピッチ」11万字
シロ猫ピッピの「おいら物語」15万字
「ピッピの闘病日記」5万字・・・ 

これ以外にもネットや雑誌での連載も含めると、移住生活関連だけでも文字数は200万字を下らないことでしょう。始めて数えてみましたが、膨大な量です。それ以外にも、在宅での仕事、移住申請関連の、積み重ねると数センチにもなった書類の一部、無数のメールや手紙、おびただしい数の写真――インプットしたりアウトプットしたりしたものは、私のみならず私たち一家の記録であり、確実に生きた時間の証です。

この間、書くことで、
気づき、
認識し、
思考を深め、
再考し、
落ち着き、                  
高揚し、                   
記憶し、           
感動し、
追体験し、
発見し、
反省し、
希望を持ち、                                (NZ出発前夜の香港にて。友人の差し入れの
諦め、                                    シャンペン「クリスタル」と。
愛機は手荷物として
思い出し、                                  夫がここまで抱えて来ました↑)
発想を転換し・・・
と書かずにいたら、ただ頭や心の中を通り過ぎていっただけであろう無数のことを、少しでも現実につなぎとめておくことができました。

中でも、生死の淵をさまよった飼い猫ピッピの看病に明け暮れた2ヶ月間は書き残すことでどれだけ救われ、慰められたことか。「あの時よりはまし。」と、ほんの数日前の闘病日記を読み返してはピッピを、自分を励ましていました。

そして何よりも、このメルマガと目にして下さっている皆様をつないでいたのも愛機でした。本当に使い易く、いつも一緒でした。たくさんの感謝と感動を込めて合掌。


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「マヨネーズ」
大変ご無沙汰していました。このメルマガが新しいパソコンからお送りする第1号です。前回ここで、日系家電大手に勤める友人が、
「今、店頭に並んでいる商品がNZドル高だった頃の最後の在庫。」
と買い替えを勧めてくれたことを話しましたが、思いがけずこんな買い物をしてしまいました。これからますます輸入インフレが進みそうです。

西蘭みこと