「西蘭花通信」Vol.0408  生活編 〜DIMを生きる〜        2006年7月28日

「じゃ、行ってくるよ。」
夫は防水ジャケットに防水パンツ姿。ジャケットのフードを目深にかぶり、さらにフードの回りに通っている紐をきつく引き、見えるのは鼻より上のほんの丸い部分。その半分もメガネで覆われています。手には軍手。足には長靴。遠くまで青空が広がる晴天だというのに、この重装備。懐中電灯まで携えています。

「じゃ。」
意を決したようにもう一度念を押し、防水スーツをガサガサ言わせながら外へ出て行きました。
「気をつけてね。」
私は静かに見送りました。

夫が向かった先は、床下です。マイホームを手に入れたはいいものの、修繕は一気に私たちの手にかかってきました。賃貸だった前の家のように、「水の出が細くなった」「階段の手すりがゆらゆらしている」「生垣が伸びてきた」と言っては不動産屋に電話を入れ、翌日にはしかるべき職人が来ては直すなり整えるなりしてくれる、という状況は完全に過去です。これからは何でも自分たちでやらなくてはいけないのです。

知恵を絞るか、
労力を使うか、
お金を費やすか――、
何らかの方法で解決しなくてはなりません。

この家のアンテナ線は一番大きい寝室にしか通じておらず、リビングルームには来ていません。リビングでテレビを観たかったら、アンテナを隣の部屋から廊下を這わせて引っ張って来るしかありません。テナントで入っていた前の住人はそうしていました。しかし、これでは不便で見た目も妙です。すでに子どもがつまずいており放置しておくわけにはいきません。

ニュージーランドでは家を買う前に専門業者を呼び、家のコンディションをつぶさに査定してもらうことがよくあります。私たちもこの道30年だか40年だかの年季の入った業者を呼びました。彼は査定後、
「このアンテナはなんとかしなきゃいけない。業者を呼ぶか、自分で直すか。その気があれば簡単なんだ。キミが床下に潜って穴を開ければ済むことさ。私だったら自分でやるね。」
と、夫の方をチラリと見ながら言いました。

「床に穴?やっぱり専門の人にちゃんとやってもらった方がいいよ。床下だなんてクモの巣だらけだろうし・・・。」
生まれてこのかたNZに来るまで、マンション以外で暮らしたことがなく、家の修繕などとんと縁のなかった夫が即座に言いました。まるで言い訳するようでしたが、私は黙っていました。 冷静な彼がすぐに反論する時、往々にして後から話が逆転することが多いのです。まるで否定しながら時間を稼ぎ、肯定への可能性をさぐっているかのようです。
「きっと潜るだろう。」
逆にそう確信しました。

引越してきて2週間が過ぎようとしていました。夫は、
「業者に問い合わせたら最低でも70〜80ドル(約5000円)かかるらしい。実際に呼んだらそれじゃ済まないだろう。どうすればいいかわかってるから、もったいないよな。」
と言い出しました。どうすればいいか――。床か壁に穴を開け部屋のアンテナ線をリビングに通せばいいのです。そして、とうとう彼は床下に潜る決意を固めたのでした。雨の日のラグビー観戦用スーツは、彼が最も恐れているクモの巣対策でした。

床下からかすかに聞こえてくる音を聞きながら、
「ブレークスルーだな。」
と思いました。ほんの数ヶ月前に、「専門の人にちゃんとやってもらった方がいい」と断言していたことを、今では自分でやってみる気になったのですから大きな変化です。これで彼の受け持ちはカギや電球の交換という室内から屋外へと広がることでしょう。「ペンキを塗り直そう」「フェンスをつけよう」と言い出すのも時間の問題かもしれません。
(私はせっせと窓掃除。レモンの木と空が一段と鮮やかに→)

私は元々手仕事が大好きな上、昭和ヒトケタ生まれの何でも自分でやる両親のもとで育ったせいか、障子や襖の張替え、ペンキ塗り、のこぎりをひき、斧で割っての薪割り、セメントをこねて鉄筋を入れブロック塀を積むことまでやったことがあります。どれも進んでやっていたわけではなく、セメントまみれになっている時など、「近所に同級生がいなくてよかった」と本気で思ったものです。

しかし、百聞は一見にしかず。こういう経験があるのとないのとでは大違いであることを家を出てからしみじみ悟りました。カエルの子はカエル。気が付けば自分も徹底的な自給自足派でした。ただ移住以前の時間に追われた都会暮らしでは、お金を費やしてでもプロ任せてしまう方が効率的だったのでそうしていました。ここでは迷わず知恵を絞り、労力を使うことにします。

メルマガ「DIM」を書いたのは今から3年半前の2003年でした。 あの時は学校行事でハリーポッターの格好をしたい子どもたちに、どうしたら安易に出来合いのコスチュームを買わずにそうなれるかを知ってほしく、一緒にいろいろ試しました。あれだけで子どもも自給自足派になるとは思いませんが、魔法の杖代わりにしていた色を塗った菜ばしは今回の引越しでやっと処分したほど、長い間おもちゃ箱に入っていました。

子どもの次は夫です。この家を通じて彼もまたDIM(Do It Myself)に目覚め、生活の一部にしてくれたらと思います。最終的にアンテナ線は壁に穴を開けてリビングに通しました。夫は、
「なんだ、これなら床下に潜る必要なんかなかったよ。」
と言いながらも一線を越えたことに満足そうでした。

前の「ミセス・ダレカ」の家で、家を慈しむことを覚えた私たちは、 この家でもいろいろなことを学んでいくのでしょう。手直しの必要ない家が与えられなかったのは、そのためだと信じています。
「不便を楽しもう!」
3年前子どもたちに知ってほしかったことを、これから私は身をもって生きることになります。

西蘭みこと