「西蘭花通信」Vol.0409  生活編 〜その日暮らしの在宅業〜         2006年8月13日

まだ香港でサラリーママをしていた頃、「南極点より愛を込めて」(J・ニールセン著)という、南極越冬中に乳がんに冒されたアメリカ人女医の本を読ました。 朝、ベッドからパソコンのスイッチを入れたら、「それで出勤」というくだりを読んで、メラメラと燃えるような羨望を覚えたものです。子育て真っ最中だった当時(今もですが)、喉から手が出るほど時間が欲しかったことは、これまでも繰り返し述べてきた通りです。
「南極まで行かないと、こんな暮らしにならないのかしら?」
と、思わず苦笑してしまったものです。
(どうしても手に入れたかった時間に関してはコチラコチラその続きでも

南極までは行かなかったものの、私は今、かなりそれに近い生活をしています。目覚ましは6時40分。8月のオークランドではまだほの暗い時間ですが、一時よりずい分明るくなりました。徒歩5歩で仕事部屋へ。パソコンを立ち上げたら私も出勤終了。メールを確認し、寝ている間に大きなニュースがなかったかをネットで確認し、着替え、洗面、朝食とお弁当の用意へ。移住3年目に入った私の1日はこんな風に始まります。

徒歩5歩の出勤を支えてくれているのは、100%元同僚たちです。夫には関係のない私だけがしている在宅での翻訳、執筆、資料収集・作成、宣伝資料の構成・編集、本の下書き(出版された本を手に取ったことがないので最終的にどう利用されているのかは知りませんが)など、およそ金融・経済に関係あることで、家でパソコンでできることなら何でもします。営業活動はゼロ。仕事が入るかどうかは100%運任せです。
(香港の「百万ドルの夜景」。たくさんの元同僚が暮らす美しい街→)

元同僚といっても長年一緒に机を並べて仕事をしてきた人たちではなく、隣の部署だったり、仕事上の関係はなくたまにランチを食べる仲だったり、ほとんど顔を合わせる機会もない他拠点の人だったり、かなり希薄な関係だった人たちがほとんどです。私個人の暮らしぶりとも関係がなく(とても彼ら、彼女らが私のサイトを読んでいるとは思えません)、"ご祝儀仕事" "同情仕事"というわけでもなさそうです(笑) 数回の転職で元同僚の数が多いのも幸いですが、彼らもまた会社や住む国を変わっている人がほとんどです。それでも続くお付き合いはとても興味深く、ありがたく、強いご縁を感じるものです。

だからこそ、どんな内容でもどんなに急ぎでも、できる限り依頼主の意向を汲んで、精一杯努力するようにしているつもりです。それだけが彼らへの感謝を形にできる唯一の方法だからです。私には今のところ、与えてもらった機会と同じものを返せる術も機会もないのです。(あったらもちろん、全力でそうしますが) 仕事のメールを通じて在職中より親しくなり、今や会うこともないほど遠く離れてからその人の人となりを知るなど、仕事という四角張った付き合いに角のとれた親しみが付いてくるところも、嬉しい限りです。

「ロンドン⇒(アメリカの指示)⇒私⇒東京」とか「ロンドン⇒ニューヨーク⇒私⇒シドニー⇒東京」など、仕事を順繰りに投げるところも金融ならでは、です。
「この時間ならまだロンドンと連絡が取れる。」
「何かあったらシドニーに電話。」
など、どこの時間帯とも同一でない代わりに、みんながオフィスにいる時間に連絡を取り合うことができるのはニュージーランドの強みです。朝イチでアメリカからメールが入り、
「おっ、早っ!」(実はまだ前日なだけ)
と、つい思ってしまうこともすっかりなくなりました(笑)

こんな風に書くと、人によっては「いいですね〜」と言う向きもあるかもしれませんが、いつも言っているように得るものがあれば失うものもあります。失ったもの――それは安定したまとまった金額の収入です。仕事は完全に受注次第なので、5月や今月のように同時にたくさんの仕事を引き受けることもあれば、6月のようにほとんどなかった月もあります。先の仕事が入ることもまれで、突然連絡が入り、「翌日仕上げ」(24時間を軽く切ります)という、
「クリーニングか写真の現像か´。`?」
というのもあります。

しかし、移住後の経験を通じて「その日暮らし」を決め込み、心から楽しむことにした私には、サラリーママ時代のように安定と引き換えにしてしまうもの(多くの場合は「時間」となりましょうが)を諦めることはできず、不安定さを積極的に受け入れています。ここで多く人が「いいですね〜」発言を撤回することでしょう(笑) 安定を追求するのであれば働きに出たほうが確実で早道です。 

実は私は不安定さにさえ価値を見出しています。例えば仕事がなかった6月の場合、インフルエンザで2週間以上寝込んでしまい、話があっても引き受けることができませんでした。断るぐらいなら最初からない方がどれだけ気が楽か。週末が忙しいラグビーシーズンには週末に集中する仕事がキャンセルになったり、引越した翌日から新しい仕事が入ったりと、仕事のオンとオフのタイミングはいつも絶妙です。引越し翌日の初仕事は新居へのインターネットの切り替え前だったため旧居で行いましたが、仕上げたものをメールで送った後5分もしないうちにネットの接続が切れ、間一髪のところでした。

「与えられると信じること」を地で行くその日暮らしの在宅業は、元同僚たちの支えでこんな風に回っています。そのためには、
「必要以上に求めないこと」
機会があれば迷わずに、
「分かち合うこと」
を肝に銘じています。仕事そのものにも、依頼主にも、受け取る金銭にも、徒歩5歩の出勤にも、すべての過程に感謝が宿っています。競争まみれになる前の真の労働の姿とは、こんなものではなかったのかとふと思ってしまいます。

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「マヨネーズ」
今回はメルマガやブログ更新が滞っている言い訳メルマガ、西蘭商店裏事情メルマガとなってしまいました(笑) 零細在宅業を支える元同僚に心からの感謝を。

西蘭みこと