「西蘭花通信」Vol.0411  生活編 〜鬼さんこちら〜             2006年8月24日

(これは前回からの続きです。前回の「餓鬼月再び」はコチラからどうぞ)

ズッキーニで作った西洋風の馬で義父の迎え盆をした2日後、
「キッチンにてんとう虫がいたぞ。」
と、夫がささやきました。私たちは物知り顔でお互いの顔を見つめ、子どもたちは、
「おじいちゃん?」
とすぐに聞いてきました。

義父は木枯らしの吹く11月に他界しましたが葬儀を終え一息ついた頃、義母が家の中で季節外れのてんとう虫を見つけました。
「マンションの7階まで、どこからどうやって来たのかしら?」
と珍しがっていると、てんとう虫は毎日場所を変えては私たちの前に小さな姿を現してくれました。

数日後、私たち一家は当時暮らしていた香港に戻りましたが、てんとう虫はその後も家中を動き回り、ある時はカーテンの影に、ある時はキッチンの天井にと、最愛の人を亡くし心の中にまで木枯らしが吹いていた義母を隠れん坊に誘うように、立ち上がらせ、歩かせ、上を向かせてくれました。そうでなければ独りになった彼女は寝込んでしまっていたかもしれません。

私たちは毎日のように電話で話し、
「今日はベランダのドアのところにいた。昨日は・・・」
とてんとう虫の消息を聞いたものでした。遠くにいて何もできない自分の不甲斐なさに痛み入りつつ、
「たった1匹の、たかが数ミリの生き物にここまで励まされるなんて。」
と感動し、義母を元気づけるてんとう虫に手が合わさる思いでした。

いつしか私たちは全員、子どもたちも含めて、
「てんとう虫はおじいちゃん」
と信じて疑わなくなりました。彼も天に昇るにはあまりにも名残惜しかったのでしょう。愛する妻が曲がりなりにも立ち直るのを見届けてから逝きたかったのだと思います。

義母はてんとう虫に話かけ、子どもたちは、
「今日はおじいちゃんどこにいた?」
「廊下の天井よ。」
「へぇ〜」
と、他人が聞いたら目を丸くするような義母との会話を楽しみ、
「どこで寝るんだろうね」「なに食べてるんだろうね」と、鮮やかな手品に胸を躍らせていました。

葬儀から3週間も経った頃でしょうか、
「とうとう、てんとう虫が死んだの。」
という知らせが入りました。てんとう虫は義母が1日のうち最も長い時間を過ごす、ダイニングテーブルの彼女の席のすぐ脇で死んでいたそうです。彼女はそこで食事をし、本や新聞を読み、テレビを見、手紙を書き、お茶を飲み、CDを聞き、隣に置いた義父の遺影に語りかけていました。その脇、彼女が必ず見つけられる場所で躯(むくろ)になっていたそうです。
「もうすぐ納骨だからてんとう虫もお墓に入れるわ。」
そういう声はとても爽やかで、吹っ切れていました。

初春のオークランドでてんとう虫を見たからと言って不思議なことはありません。しかし、こういう経緯(いきさつ)のある私たちには特別なことでした。もちろん、家の中でてんとう虫を見つけることは珍しく、今年に入ってからも、この家でも初めてでした。
「他の虫じゃ帰って来たのがわかりにくいから、てんとう虫にしたんだろうな。」
と、ついニヤニヤしてしまう私。大正生まれのダンディズムは今でも生きています。

ところが話はこれで終わりませんでした。数日前、善(9歳)が学校から戻ると、
「ママ、今日のサンドイッチにキュウリみたいの入れたでしょう?」
と言い出しました。
「キュウリ?入れてないわ。今日はベーコンと葉っぱのサラダ(葉物だけのミックスサラダ)だったでしょう?」
と言うと、
「ううん。キュウリじゃなくて、おじいちゃんの馬作ったキュウリみたいな、あれ。」
と言うではないですか!

「ズッキーニのこと?」
「そう、それ!」
「まさか、全部食べちゃったからもうとっくにないわよ。」
「でも、マリオ(彼の親友)も見たんだよ。 サンドイッチの真ん中に一枚だけ入ってて、"こんなのサンドイッチに入れるの?"って聞かれたんだもん。」

「なんでサンドイッチめくってから食べるの?」
ここで温(12歳)がチャチャを入れたものの、善は真剣です。
「生だった?」
と私も少々外した質問を。
「うん、生。なんか合わなくておいしくなかった。もう入れないで。」
「はいはい。」
心当たりのない私は空返事。

「それ、おじいちゃんが入れたんじゃない?」
と言うと、この手の話には慣れっこになっている息子たちはニヤニヤ。不服そうだった善もそう来られては文句も言えないようで、
「食べちゃったー」
と複雑な表情で照れ笑い。
「ママだったらズッキーニは必ず焼くでしょう?おじいちゃんが善の学校まで来たんじゃない?」
「え〜??」

ここまでくると信じる者は救われるの心意気です。こんな風に楽しく故人を偲べるのであれば、不思議な出来事の原因など追及するだけ野暮な話でしょう。
「てんとう虫になったおじいちゃん」
「ズッキーニを入れたおじいちゃん」
義父は子どもたちの記憶の中に、特大急の衝撃とともにしっかりと居座るつもりのようです。さて、来年は?

******************************************************************************************

「マヨネーズ」
同じ日、温が紅茶を淹れようとすると、銀のポットの注ぎ口からニョロ〜と出てきたものは、長さ6、7センチはあるNZ原生のウェタ(バッタの仲間)でした!バッタとはいえ色は濃茶で一見、サソリやムカデのように見えるグロテスクな外観。温は「ぎゃぁぁぁ!」
(私だったらもっと、かも!)
(前の家の庭に現れたウェタ。胴体部分だけでも10センチはありました@@
キウイたちはこの虫にとても愛着を持っています。う〜ん、どうやって愛す?→)


よりによって熱の回りのいい銀のポット、さぞや熱かったでしょう。 しかし、なぜこんなに大きな虫が家の中のこんな場所に?キッチンの窓は閉まっているし、ポットは1日何回も使っているというのに。
「これもおじいちゃん?数ミリのてんとう虫じゃインパクト不足?」
と思っていると、熱さにぐったりの「彼」は実の息子に箸で挟まれ、窓の外にポイと放り出されていました。

リベンジありそうです。 (ウェタの話はコチラでも)

西蘭みこと