「西蘭花通信」Vol.0428  生活編  〜おもてなしの時〜        2007年1月17日

「若い時はさぁ、40にもなればパーティーメニューもバンバンできるようになって、人をジャンジャン家に呼べるのかと思ってたけど、全然できないじゃなーい!もう40なのにぃ!」
と、勢いよく言ったそばから、弾けた笑いで自爆していた香港の女友達。私たちは同い年。私はまったく彼女を笑えません。パーティーメニューどころか、家事全般で、結婚以来ずっと専業主婦をしている彼女にどれだけ遅れをとっていることか。

彼女の家には何度もお邪魔しましたが、ご主人ともども人をもてなし、くつろがせることにとても長けていて、ステキなお料理も話題も尽きることがありません。ほとんど初対面だった初めてお招きの日から意気投合、目をしょぼつかせながら朝の4時まで話し込んでしまったものです。突然の長居に付き合わされた両家の子どもたちも、訳もわからずボーっと遊んでいましたっけ?

「やっぱりさぁ、場数を踏まないとダメなんだよねぇ。40になったからって急にできるもんじゃないわよ。」
と、彼女は続けます。隣で米つきバッタのように、ひたすらうなずく私。まったくもってその通り。パーティー以前に、人を招くこと自体、慣れていなければ一大事。ところが、いつも来客のあるお宅ではすべてが滑らかに進み、お料理も美味しければ、テーブルセッティング、話題、ゲストの組み合わせ、流れている音楽までが自然に調和し、お酒も話も尽きずについつい長居をしてしまうものです。

「成功したり失敗したり、冷や汗をかきかき回数を重ね、こちらもマメに招かれるようになってこそいいご招待ができるようになる。料理の腕を上げ、必要なものをそこそこ揃え、友人や話題も増やしてこそ、余裕を持って人をもてなせるようになる・・・」 
確か2人の結論はそんなところでした。しかし、「その日はいつ?」 確実に言えることは、待っていても「その日」は来ないということ。しかも私たちはもうとっくに40代。友人も話題も持つべきものはままあるはず。あとは料理と心意気。
「やるっきゃない!」

今でもよく覚えているお招きがあります。まだ独身で、香港に住んでいた頃のことです。ほんの一時期アルバイトをしていたフランス領事館の文化部長宅に呼ばれたことがありました。そもそも、私がそこにいること自体が場違いで、当時抜群の人気を誇っていた野党党首がマスコミの写真と同じ顔で(当たり前ですが)テーブルの向かいに座っていました。アットホームな雰囲気でいながら完全に社交の場で、何もかもが完璧でした。外交官なのですから、こうしたお付き合いこそが"本業"なのでしょう。

場違いついでにキッチンも見せてもらいました。気さくな部長のこれまた気さくなスイス人の奥さんはオーブンを開けて、こんがり焼けているパイ生地に包んだ前菜を見せてくれ、とんでもない数のカトラリーがきっちり収まる引き出しの中までオープンにしてくれました。そして、外交官夫人の本領とも言うべき、自宅での接待すべてを記録したログブックも公開してくれました。

見開きのノートに日付順にびっしりと書き込まれた詳細。日時、ゲスト名、出した料理・デザート・アルコール。テーブルセッティングはそれこそ細かく、使った食器、テーブルクロス、カトラリー、テーブルの生花まで記入してありました。そして最後が予算や実際にかかった経費など事務的な数字だったように思います。記憶にはありませんが、夫妻の服装まで記載してあったかもしれません。

「こうして、誰をご招待してどんな料理を出したのか全部残しておくの。同じ人をお呼びした時に同じ料理やセッティングにならないようにしないとね。経費は特に細かく書いておかないと後で大変なのよ。というか、年間で予算が決まっていて私はそれを消化しなくちゃいけないの。ケータリングを頼まないで自分でやるとなると、予算が残ってしまうから、それこそ数をこなさないとね。けっこう大変なのよ。」

「でも私は料理が好きだし、彼女たちもよくやってくれるから、つい自分でやってしまうの。」
と笑いながら、彼女はてきぱきと立ち働く2人のお手伝いさんの方を満足そうに見ていました。大変でも、潤沢に予算があっても、「自分でもてなしたい」と思う心意気は、外を眺めながらの明るいベランダでのアペリティフ(食前酒)から、ソファーに深く身を沈めてのディジェスティフ(食後酒)まで、徹頭徹尾貫かれていました。かといって気負いもなく、すべてが洗練され、こなれていて、自然でした。

あれから20年。今でも一度しか訪れたことがなかったあの家の情景が目に浮かびます。それぐらい私には印象深い、後年まで深い意味を持つひと時でした。あのおもてなしを頂点とすれば、今の私がやっていることなど、「すっとこどっこい」もいいところですが、あの夜を追想しては、彼女の気さくさ、心意気に少しでも近づいていきたいと思っています。

去年からメモ程度に始めたゲスト用のログブックは書いたり書かなかったりでしたが、今年は彼女を真似て見開きのノートにきちんと記録してみようと思います。千里の道も一歩から。

私の遅まきながらの「おもてなしの時」の始まりです。


(隣の家の生垣がとてもきれいに見える一角がうちのダイニング・エリア。盛夏のイメージに合わせて、今日はグリーンのコーディネートに→)

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「マヨネーズ」
実は今日も日本からのゲストがありました。お料理にもおもてなしにもとても長けているはずの、海外生活経験の長い年配の女性という、私にとっては"難しい"お相手のはずですが、逆にゲストのお人柄に助けられ、家族の全面的な協力もあって、午後のひと時は楽しく過ぎていきました。今年最初のおもてなし、さっそく記録しましょう。

西蘭みこと