「西蘭花通信」Vol.0438  生活編  〜誰かの誰かにU〜            2007年3月13日

私が勝手にそう呼んでいる「オークランド秋の三大祭り」。その1つ、難民支援団体主催の「インターナショナル・カルチュラル・フェスティバル」で、難民の子どもたちによるパフォーマンスの中で、 彼らの"I have somebody."(ボクには誰かがいる)と叫ぶ声が心の琴線に触れ、涙が止まらなくなった2日後、私はとあるホスピスを訪ねていました。
(その時の話は「誰かの誰かに」でどうぞ)

今ではかなり一般的になっているかと思いますが、ホスピスとは終末医療施設です。余命数ヶ月と診断された主にがん患者に対し、安らかな最期を迎えられるようターミナルケアを施す施設で、痛みを最大限に和らげ、患者や家族のプライバシーに配慮し、尊厳と愛情と心の平安の中で長い旅路に立てるよう物心両面から支援します。

ニュージーランドのホスピス利用はすべて無料で、寄付やチャリティー・ショップからの売上が運営の柱になっています。ここでも取り上げてきたように、私は昨年11月より、ホスピス系のチャリティー・ショップで週1回半日のボランティアをしています。

(あえてどの店か、名前は挙げないことにします。自分が手伝っている店を宣伝したいのではなく、いかなるチャリティー・ショップをも支援したいからです。ご興味をお持ちの在住の方はぜひお近くの店に足を運んでみてください。不用品の寄付だけでも大きな助けになります。)

(善意の寄付の品がところ狭しと並ぶ店内。私は主に仕分けと値段付けを担当していますが、雑巾がけ、マネキンの着せ替え、レジ、家具の移動など力仕事まで何でもします→)

ボランティアを始めて4ヶ月目にして、私は初めて支援するホスピスの門をくぐりました。海に近い住宅街の一角にある古い洋館を改築した建物は、落ち着きと静かさの中に佇んでいました。その日は珍しく小雨が降り、どの窓からも見えるようデザインされた外の緑がひときわ鮮やかでした。ボランティアを統括する、自らもボランティアのジュディー(仮名)は一介のボランティアでしかない私を、職員(その多くがボランティアでしょう)の1人1人に紹介してくれ、施設の隅々にまで案内してくれました。

途中で、ゆったりとした肘掛椅子に座っているノースリーブの女性を見かけると、
「アンジェラ(仮名)、ご機嫌いかが?」
とジュディーは声をかけました。雑誌に目を落としていたアンジェラはにこやかに立ち上がり、満面の笑顔で、
「とてもいいわ。ありがとう。」
と答えました。

「今日は水彩画を見に?」
とジュディーが聞いています。その日は水彩画家が来て患者さんに水彩画の描き方を実演する催しが予定されていました。
「いいえ。トリートメントを受けに来たのよ。」
アンジェラはニコニコしながら答えています。

傍に立っていた私は彼女の返答を耳にした瞬間、凍りついてしまいました。
「トリートメントヲウケニキタノ・・・」
このほっそりとした、上品な物腰の穏やかな笑顔の女性が数ヶ月以内に亡くなる患者さん?!私には顔が引きつらないよう、ぎこちなく微笑んでいるのが精一杯でした。
この人がもうすぐ亡くなる?亡くなる?亡くなる?
この世からいなくなる?いなくなる?いなくなる?
問いかけが頭の中で響いていました。

ジュディーは、
「そうそう、紹介しなくちゃね。」
と言って、私をアンジェラに紹介してくれました。私たちはごく自然に握手をし、出会えたことを素直に喜ぶ無垢な会釈を交わしました。ジュディーが開けてくれた出会いの扉。でもその向こうに続く回廊はあまりにも短く・・。私はアンジェラの柔らかい掌を名残惜しく離しました。彼女に会うことも、この手を取ることも、もう2度とないでしょう。まさに一期一会。今度は涙がこぼれないよう、必死で微笑んでいるのが精一杯でした。

アンジェラは私のように強張った笑みを必死で浮かべる多くの人に会ってきたことでしょう。彼女の笑顔はそんな戸惑う人たちを慰め、包み込むほど大きく輝いていました。しかし、彼女がこの笑顔に辿り着くまで、どれだけの葛藤を経てきたのでしょう。もうすぐこの世からいなくなることを自分なりに受け入れ、他人に知らしめる過程は決して平坦ではなかったと思います。

「誰かの誰かでいたい・・・」
2日前のカルチュラル・フェスティバルでの想いが不意に蘇ってきました。旅立ちの日が迫っている誰かを助けるとか、見送るとかではなく、ただただアンジェラのような人たちの誰かでいたいと強く思いました。お互い顔が見えなくても、誰がなにをしているのか知りようがなくても、それでいいのです。誰かの善意の品に、私なりに誠意ある値段をつけ、それを誰かが買っていく。そこで得たお金が誰かの最期のひと時に役立てばいい―。この無名性こそ、見返りを求めないことの原点でしょう。

霧雨で和らぐ夏の残光の中、アンジェラは本当に美しく、彼女が死の淵にあるどころか、病人であることすら信じがたいほどでした。
"Nice to meet you"(お会いできて嬉しいです)
私の口から出たのは月並みな言葉でしたが、できるものなら
"I'm honored to meet you."(お目にかかれて光栄です)
と、本意を伝えたいところでした。

「お会いできてよかった。間に合ってよかった。これからのお付き合いはかなわなくても、この出会いは忘れません。」
私は心の中でそう言い添えていました。これからも旅立つ人のために、私は店に立ちます。
アンジェラの輝く晩年に寄せて――。

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「マヨネーズ」
今週末は久しぶりにビーズ・アクセサリーの行商(笑)に出ます。ジュディーを尋ねたのも、ホスピスが参加するフェアで、手作りビスケットと一緒に子ども用のアクセサリーを売れないかと話を持ちかけたからでした。長年の「大人買い」で腐るほど持っているビーズが(腐りませんが^^;)、こんなかたちで役に立つなら本望です。今日は久々の大雨でしたが、どうか週末はお天気に恵まれますように。

西蘭みこと