「西蘭花通信」Vol.0442  生活編  〜12年目の試練Z〜           2007年3月28日

(これは連載です。これまでの話は以下のリンクからどうぞ)
「12年目の試練」
「12年目の試練U」

「12年目の試練V」
「12年目の試練W」
「12年目の試練X」
「12年目の試練Y」

五里霧中とはまさにこのことでした。全くの善意で担保どころか金利もとらずに、資金繰りが怪しくなった会社に融資をしてしまったがために、私たち夫婦は金銭問題の泥沼にはまってしまいました。年女と女の厄年のダブルパンチを覚悟していた私の36歳は、人生で最悪の年となったばかりか、37歳の誕生日を迎えても事態は悪化の一途でした。

債権者とはいえ私たちのような個人が本当に弁護士を通じて返済を求めてきたことで、相手の社長は烈火のごとく怒り、逆に私たちに対して借金の返済を求めてきました。彼は銀行からの貸し剥がしで、すでにキリキリ舞いだったのです。借りてもいないものをどうやって返すのでしょう?途方もないやり取りに、私たちは憔悴したまま4月を迎えました。

「これ以上、手紙のやり取りをしていても無駄だわ。裁判に持ち込むのであれば、あまりこちらの手の内を明かさない方がいいし。そろそろ真剣にどうするか、2人で検討してみて。裁判となればバリシター(英国式の弁護士はデスクワーク中心の事務弁護士ソリシターと、時代がかった巻き毛のカツラを被って法廷で闘う法廷弁護士バリシターの2種類に分かれています)を指名しなくてはいけないし、費用も今までより格段に上がってくるから、本当によく話し合って結果を知らせて。」

とうとう、私たちのソリシターからそう言い渡されました。決断の日が来るのは覚悟していたものの、いざ引導を渡されると身もすくむ思いでした。
「正義は勝つんだろうか?」
「本当に裁判でお金が取り返せるんだろうか?」
「いったい、いくらかかるんだろう?」
「万が一負けたら、どうなるんだろう?」
何夜も夫婦で堂々巡りの対話を繰り返しました。しかし、不思議なほど私の心は平安でした。生涯最大の問題に直面していながらも、問題が私たち夫婦の外側にあることがよくわかっていたからです。

「何があっても私たちは大丈夫。初めて心を開くことを学び、私たちは本当の夫婦になったのだから、金銭問題ぐらいではビクともしないはず。子どももいる。今の生活は何よりも大切。親として大人として、私たちは家族の幸せを守っていかなくてはならない。そのためにはどうしたらいいのか?数百万円をドブに捨ててこの問題から自由になっては?また2人でバリバリ働いて取り返せばいい。こんなことに身も心も捕らわれていること自体、子どもの相手もロクにできないこと自体、本当に無駄なことなのでは?」

「子どもにも企業相手の裁判がいかに高くつくものか説明すれば、返済をとことん求めない申し開きはできるはず。大事なおもちゃを貸してあげた子が、そんなの借りてないって返してくれなかった上に、腕力で訴えてきたらまずは身の安全を図るでしょう?温(当時5歳)だってわかってくれるわ。裁判費用だけで、貸した金額以上になるでしょうし、裁判のたびに2人で有給休暇をとって出廷するわけ?バカバカしいわ。」

世間の大勢が考えそうな御託を数限りなく並べてはみたものの、私自身がどうしても納得できませんでした。
「なぜあの会社を助けるために貸した、企業にとってははした金が返してもらえないの?まだ潰れてもいないのに。どうして、私たちがここで諦めなくてはいけないの?金利も損害賠償も一銭も要求していないのよ。ただただ貸したものを返してと言っているだけなのに?」

私たちの返済請求額は、香港政府からの支援が受けられる簡易裁判で扱う上限額を若干上回っていたため、ここからは何百万円でも何十億円でも自分で闘うしかありませんでした。私たちはたまたま、その2年前のバブル崩壊の直前にマンションを売却していたため、2人の年収の何年分かの売却益を得ていました。融資の発端も、そのお金でした。いくら善意があってもない袖は振れませんが、たまたまその時は振れる袖があったのです。

「あれはやっぱり泡銭だったのかしら?返済を踏み倒されて消え、今度はまた裁判費用で消えていくの?でもなぜか、私たちには裁判を闘えるだけの資金がある。最悪、何千万円かを失うはめになっても、行けるところまで行ってみましょう。それでもダメだったら諦めましょう。その時は逆に訴えられるかもしれないけれど、それはその時に考えましょう。やっぱり返してほしいの、あのお金。諦める理由が見つからないわ。」

傷心しきっていた夫を励まし、訴訟に持ち込む事を決めたのは私でした。最悪の事態の中で確信した強い夫婦の絆。これが一生ものなら、私はこの苦しみの元をすでに取っていました。転んでもタダでは起きない。裁判に負けても私には夫がいる、子どもがいる、家族がいる、温かい家庭がある、上等じゃない――。      
  (手前の四角いビルが裁判所。元の勤務先の隣のビルでした→)

「ママとパパね、サイバンすることにしたの。やっぱりお金を返してほしいから。」
翌朝、私は温に告げました。
「へぇ〜。」
彼はまるで両親が出兵するかのように目を輝かせ、
「そうだよ。だってママとパパのお金でしょう?」
と事もなげに言いました。

私は彼の小さなからだを抱きしめ、心の杖に借りました。
「がんばるわ。ママたちもっと忙しくなって、あんまり一緒にいられなくなっちゃうかもしれないけど、応援してね。」
「大丈夫。善くん(当時2歳)とジーナ(住み込みのお手伝いさんの名前)、いるから。」
その時、私は今回の問題で初めて涙を流しました。(つづく)

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「マヨネーズ」
この連載でもカネ、平行している「中華コスモス」でもカネ!いったいどうなってるんでしょう$_$? 
深い意味はないはずなんですがぁ〜´▽`ゞ

西蘭みこと