「西蘭花通信」Vol.0446  生活編  〜未完の家U〜           2007年6月17日

「どうだった?なにか気になるところが見つかった?」
後日、友人から電話が入り、風水ド素人の私もご神託を下さなければなりませんでした。正直な話、私でも知っているような風水の基本のキにあからさまに抵触するような部分は見出せず、明るい印象も日当たりも申し分ないように見えました。連続する彼女の不運をあの家のせいにするのだとしたら、私はお手上げでした。やはり、方位をきちんと確認し、彼女の誕生日と照らし合わせ、本格的にやらないことにはわからないのでしょうか?そうとなれば餅は餅屋で、風水師を頼むしかありません。

「いい家じゃない。明るいし、風通しもいいし。特に何も悪いものは感じなかったわ。なぜあんなにいい家が簡単に売れなかったのかは不思議だったけど。」
「でしょう?近所でもうちより日当たりや手入れに問題がありそうな家がもっと高く、もっと早くに売れていったのにね。うちは値段を下げて、やっとよ。」
「いろいろ見せてくれたのに、ごめんなさいね。力になれなくて。」
「大丈夫、気にしないで。どうせもう引越してしまうし。」

「でも、ひとつだけ、見せてくれるのを忘れたところがあったでしょう?」
「どこのこと?」
「物置なのかな?あの、廊下の部屋。」
「廊下に部屋なんかないわ。」
「あら、廊下のつき当たりに小さいドアがあったじゃない!」

玄関からまっすぐ延びる廊下の正面には小さなドアがありました。部屋のドアと比べて明らかにひとまわり小ぶりの、ここではストアールームと呼ばれる物置のドアのようでした。彼女はあらゆるドアというドアを開け、家具の中まで見せてくれたというのに、あのドアだけは開けませんでした。きっと当座使う予定のない物をしまいこんでいて、さすがに友人とはいえ客人に開けて見せるまでもなかったのでしょう。
私は気づいてはいたものの、あえて口にはしませんでした。お茶をしていたダイニングはその裏手に当たるために視界から消え、雑談の間はドアのことを忘れていました。しかし、帰る時に玄関まで送ってくれた彼女の肩越しにまたあのドアが見え、玄関のドアが閉まる時も、廊下のずっと奥に小さいながらも厚手の木のドアがしっかりと見えていました。

「やっぱり気が付いていたのね。あそこは部屋じゃないのよ。」
「ストアールームじゃないの?まさかトイレじゃないでしょう?」
「違うわ。実は・・・」
彼女は一瞬言いよどみ、
「階段があるの。」
と小さく言いました。

その一言を聞いた瞬間、私は総毛立っていました。ハッと息をのんだ気配は電話の向こうにも伝わっていたでしょう。
「だって、あの家、下には部屋があるけど・・・」
「そう、2階はないわ。」
「じゃ、その階段って・・・」
"It goes nowhere…."(どこにもつながってないわ)

天井に吸い込まれるように消えていく階段を想像して、私の心臓は急を告げる早鐘のように激しく打ち、息苦しさに受話器を持つ手に一段と力が入りました。玄関の真正面、しかもほぼ真四角の家の対角線上に近い、まさに家の急所というべき場所が行き止まりとは。まさに英語で言うところの、デッド・エンド、死の淵・・・・

その話を聞き、彼女があの家をすでに売却していたことに心から安堵を覚えました。彼女は金額が百万ドルを下回ったことを口惜しがっていましたが、家の秘密を知った以上、その数万ドルを惜しいとは思えませんでした。今や一刻も早く立ち退くべきです。そしてまた、自分がドアの中を見ずに済んだことに感謝しました。何かを察していた彼女の配慮はもちろんですが、私にはこの目で見る定めにはなっていなかったようです。

彼女が越して行ってから、あの道をクルマで通ることがありました。本当に不思議ながら、私にはもうどの家だったのかわからなくなっていました。私は前々からかなりの不動産好きで、一度見た家の記憶はいつも鮮明で外観や見取り図を簡単に描けるほどですが、こと彼女の家に限ってはありありと思い出せる玄関に該当する家が見つけられず、本当にどの家なのかわからなくなってしまいました。まるで記憶から、消されてしまったかのようです。決して完成することのない未完の家――どうかあれが幻であれば・・・(完)

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「マヨネーズ」
思い出して書きながらも再び鳥肌が立ってしまいました。家の持つ威力は「ミセス・ダレカの不思議な家」でとことん思い知りましたが、この経験でも再認識しました。

(彼女の家にあった猫の外出用の出入り口と廊下と階段。これも以前の住人の置き土産→)

友人は今、新天地で明るく幸せに暮らしています。病状の方もペット同様に小康状態ながら悪化はしておらず、腰を落ち着けゆっくり治していくそうです。行き止まりの階段は家を建てた時からあったのか、後の住人がいつの時代かに屋根裏部屋でもつけようと造りかけたところで止めてしまったのか、今では知りようもありません。

西蘭みこと