「西蘭花通信」Vol.0452  生活編  〜タビの旅立ち:贈られた時〜  2007年11月9日

1年前から外飼いにしていたクロ猫のタビが、家の前で交通事故に遭ってしまいました。真夜中の1時台。奇しくも愛猫ピッピが旅立って丸3週間目のほぼ同じ時間でした。前夜までピンピンしていて山盛りの夕食を平らげていったというのに、朝になったらこの変わり果てた姿。ピッピの時と違いまったく心の準備がない上に、「ピッピに続いてタビちゃんまで」という動揺は心だけでなく、身を震わすほどでした。

真夜中に事故に気付いたお向かいのご主人は、よく会社から帰った後に芝刈りをしているので、午前1時の帰宅はかなり珍しかったと思います。倒れたタビにタオルをかけておいてくれた配慮、翌朝それに気付いた次男。そのおかげで、私はタビの最期に立ち会うことができました。これは不幸中の幸いでした。そうでなければ知らない間にSPCA(動物愛護協会)が所有者不明の野良猫として収用し、私は2度とその姿を目にすることはなかったでしょう。あの晩、珍しく雨が降らなかったことはせめてもの救いでした。

事故後、立ち上がれないまま、あの寒さの中を7時間も生き延びたタビの生命力は驚異的でした。まるでからだを張って私たち一家に最期のひと時を贈ってくれたかのようです。
「家に上げて、部屋の中で夜を過ごしていれば。」
「夜中の1時台ならまだ起きている時間だったかもしれない。」
「生きててくれて、ありがとう、タビちゃん。」
私は後悔と感謝の海に飲み込まれていました。顔から3センチも離れた目がそんな私をじっと見つめています。

「タビちゃん、ママの声が聞こえる?痛い?痛いよね。でも、がんばれるんだったら、絶対がんばって!みんなもがんばるから。チャッチャも待ってるよ。でも、どうしても苦しかったら、タビちゃんの本当のママのところに行きなね。タビちゃんなら必ず見つけられるから。タビちゃん、1匹になってもこんなにがんばったんだもの。きっとママ、喜んでくれるよ。でも、がんばれるなら一緒にいて。まだピッピのところへ行かないで。」
     
(ピッピに続いてタビちゃんまで・・・。こんな光景が遠い夢のようです→)

私はピッピの時と同様に、ヒーラーのみみねっと あきこさんに 教わった方法で「許可」を与えました。絶対に失いたくないという「欲」と、逝かなければならないのであれば少しでも安らかにという「学び」が、向かい合う波のようにせめぎ合っていました。双方の波が引いた一瞬の隙間には吐き出したいような苦しさと穏やかな平安が奇妙に露呈し、すぐにまた新たな波に洗われ・・・。しゃがんだまま眩暈がしそうでした。

どんなに願っても思い通りにならないことはあります。しかも、
「これからの人生は足し算ではなく引き算――。」
「ピッピは終わりではなく、始まり――。」
「これが老い――。」
と知った直後のこの試練。まるで知ったことが本当に会得できたのかを試されているかのようでした。「許可」を与えたことは、試されたことへの答えでした。その時点で、揺らぎながらも何が起きても受け入れる覚悟をしていたのだと思います。

10分ほどで、ボディに「SPCA(動物愛護協会)」と書かれたバンがやってきました。初老の運転手は横たわるタビを一瞥しただけで、紙ばさみを手に事務的な質問を始めました。
「通報者は?」
「飼い主は?」
アリシアが状況を説明しています。まるで宅急便の運転手が、
「ご希望のお届け時間は?」
「クールで?」
「着払いで?」
と質問事項を再確認しているかのようです。

「もしも生きられそうだったら、飼い主になりますか?それともこちらで里親を探しますか?」
それまで淀みなく応えていたアリシアが、一呼吸置き、
「大丈夫よね?ここで今までみたいにみんなで面倒を看れば。」
とこちらに視線を送りつつ、
「いいわ、うちが飼い主になっても。」
と言い添えました。彼女の家にはペットはおらず、2歳の息子がいて来年には彼の弟か妹が誕生する予定です。その家で少なくとも片目の、もしかしたらもう歩けない猫の面倒を見るのは難しいでしょう。今までのような外飼いはもう無理です。

「いや、うちで飼ったほうがいいだろう。ね?」
それまで黙っていた夫が突然口を開き、私に同意を求めてきました。
「えぇ。うちにはもう1匹いるので一緒に面倒が看られるし。」
と、アリシアの方を見ながら私も同意すると、彼女は明らかにホッとした様子で、
「ありがとう。私たちも協力するわ。」
と言ってくれました。

うちが手を挙げたことより、身重の彼女が手を挙げたことの方が遥かに貴いことでしたが、ここまで傷ついた猫を看るのは並大抵ではないはずです。私は覚悟を決めながら、
「こんなことになるまで家に上げる決心が付かなかったなんて・・・。」
と、激しく後悔していました。

運転手は私たちの名前を書類に書き込み、バナナの箱をバン押し込むと、「夕方までに連絡する」と言って去っていきました。本当の飼い主になる決心ができたとたん、タビは行ってしまいました。そして、2度とこの地には戻りませんでした。夕方、通報者ということでアリシアの家に、
「顎の骨が折れていてもう食べることができないので安楽死させた」
という連絡が入りました。どんなに痛く辛かったことでしょう。私は泣き崩れ、立ち上がれなくなっていました。自分の無力さが鉛のように重く感じられました。(つづく)

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「マヨネーズ」
ピッピの四十九日が終わりました。タビちゃんの分と合わせて庭に2本の木を植え、記念樹としました。2匹が大好きだった庭にいつまでも留まれるよう、2匹の命日の頃に毎年大きな花を咲かせるよう、ピッピには真っ白なマグノリア(木蓮)を、タビちゃんにはニュージーランド原生の真っ赤な花をつけるポフツカワを選びました。この木は私たちの命より長く、この庭に留まることでしょう。
(記念樹の様子はコチラでも)

西蘭みこと

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