「西蘭花通信」Vol.0460  生活編  〜吉宅凶宅〜           2008年3月22日

西蘭家は昨年より古いガレージを取り壊し、ガレージと2部屋(1つは小さな作業部屋)、ランドリールームを付けた離れを建てています。小さな工事ですが、工程は家1軒を建てるのと大差なく、この半年間、基礎工事から造園までありとあらゆる業者が門をくぐってやってきました。中国人の女社長が仕切る小さな建設会社に依頼したので、やってくる業者も8割が中国人です。私は中国語が通じる気楽さから、どの業者とも話をしてみました。

そんな雑談の中で、何度か話題に上ったのが風水です。今や解説も不要なほど日本人の間でも知られるようになった、地形や家の位置やその間取りから吉事悪事を診る方法です。中華系の中でも特に香港人はこれに血道を上げており、香港に14年も住んでいた私も彼らが避けることは自然としないようになりました。

と言うのも、風水というのは中国人たちが何千年もかけて経験してきた膨大な統計学だと思っているので、因果関係を問うよりも、「この間取りは病人が出やすい」「このベッドの位置は運勢が悪化する」というのを確率の点から信じるようにしています。しかし、真剣に学び出すと矛盾する内容があったり、同じ地形や家でも風水師によって解釈が千差万別だったりするので、あくまでも基本を押さえるに留め深入りしないようにもしています。

ほとんどの業者は香港人ではなく中国出身者なので、風水の基礎知識は私とどっこいどっこいです。詳しいことを知らない分、家全体から受ける印象に敏感とも言え、その辺も話が良く合いました。そんな彼らの1人に、
「今までたくさんの家を見てきたでしょう?これは凶宅!っていうのに会ったことがある?それがわかっても仕事を請けるの?」
と尋ねてみました。
「身の危険を感じるほどの凶宅は滅多にないよ。でも1度あったんだ。なぁ?」
彼は傍らの見習いに同意を求めると、若い見習いは盛んにうなずいています。

「あの家はパーネルだった。デカい高そうな家ばかり並んでる一角で、その家も百万ドル(実際は8千万円ながら大台でもあり感覚では1億円)は下らない2階家だった。でも、玄関に立った瞬間にわかったね、凶宅だって。」
「ホント?どうして?」
「なんていうか、ゾッとするものがあってね。キレイだけど寒々した感じで家主も機嫌が悪かった。お前だってあそこに立てばわかるさ。」
「そうかしら?」
「あれじゃ、草木も育たないよ。」

(家を見る時、どうしても風水が気になってしまいます。典型的な2軒の家。いずれもセント・へリアスにて)

「オレの勘は的中してた。家主と話したらその前の週に、大工が2人ケガをしてたんだ。1人は屋根から落ちて大ケガをしたんだぜ!そんな事故、そうそうあるもんじゃない。オレはすぐに見習いの連中に、"さっさと仕事を片付けてズラかるんだ。作業には十分注意しろ!"と指示して陣頭指揮をとったよ。小さくない仕事だったから断りたくはなかったんだ。仕事は早く無事に終わって、支払いでもめることもなくて、結局オレたちには何もなかった。ラッキーだったよ。ケガしたキウイの大工はホントに気の毒だよな。家主はずっと夫婦げんかをしてたなぁ。あんな家で暮すのは大変だぜ。」

私もニュージーランドに来てから、何度か凶宅の部類に入りそうな家に遭遇してきました。家を購入する前に60軒くらいの家を下見したときも、素人目にも「買ってはいけない」と思われる家がありました。また、訪ねていった知人の家が「これは!」と思われる位置だったり間取りだったりすることもあり、ドキっとしたこともあります。

あるキウイ宅もそんな1軒でした。そこも百万ドルに手が届く大きな家でした。玄関は明るく、どの部屋にも陽光が降り注いでいました。ダイニングに座って和やかに食事が始まるや、私は大きな窓の外のとある長細い物に目が釘付けになってしまいました。それはどこにでもある何の変哲もないものだったのですが、たまたま雨上がりだったこともあり、ついた水滴に午後の陽が当ってキラキラ銀色に輝いていました。

私にはどうしてもそれが、こちらに向いている鋭い刃物に見えてしまい、食事も会話も上の空になってしまいました。まずいことにそれが見える位置は天井まで全面がガラス張りで、風水で戒めるところの「大きすぎる窓」の典型でした。香港の高層オフィスビルの多くがミラーになっているのは、邪気を受けやすいガラス張りの弱点を鏡で跳ね返すためなんだそうです。見まい見まいとしても、正面の人と話すだけでその背後のきらめきが目に入ってしまいます。陽が西に傾くにつれ、ますます輝きが増してくるようでもありました。

私はとうとう観念し、会話を楽しむ夫をせっつき、早々にお暇してしまいました。クルマに乗った時の安堵感は何とも説明しがたいもので、普段から「あがる」ということのない自分がいかに緊張していたかを知りました。それでも、家主のキウイ一家はそこを早々に売却して引っ越す予定だったので、ドキドキしつつも小さくホッとしていました。ところがその後、一家はひょんなことに巻き込まれ、家の売却どころではなくなってしまったのです。幸いそれ以外の悪事はないようで、私の過剰な思い過ごしであってほしいと祈るばかりです。(つづく)  

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「マヨネーズ」
ややローコンセプトな内容ですが、ユルっと書き始めてしまたので、ユルっと続けてみます(笑) 風水に関しては以前に「未完の家」「未完の家U」を書いていますのでよろしかったらご覧下さい。 あの話には、「ゾッとして鳥肌が立った」というのから「これのどこがコワいの?」というのまで友人筋からいくつか感想が寄せられました。同じ話でも共振する人、しない人がキチっと分かれて興味深かったです。

西蘭みこと

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