「西蘭花通信」Vol.0470  生活編  〜ビルマへの道:旅するポケモン〜      2008年11月23日

今回は、2003年の謎の肺炎SARSの折に息子たちが日本で1学期だけ小学校に通ったとき、次男・善(11歳)の同級生だったMちゃんに宛てた手紙を転載します。



Mちゃん、こんにちは。お元気ですか?

この間日本に帰ったときは、おいしいケーキをいただきありがとうございました。とってもおいしくて、かわいくて、小学生であんなに立派なケーキが焼けるなんて、ほんとうにビックリしました。「アポロ」や「小枝」のデコレーションもいいアイデアで感心しました。温も善もほとんど噛まないで飲み込んでいましたよ。
「もっとゆっくり味わって食べて!」
と言おうとしたら、お皿が空でした。ごちそうさまでした。

  (Mちゃんお手製のケーキ。頬っぺたが落ちるおいしさでした♪→)

それからポケモンのシールとポスターもありがとうございました。きょうはあのシールのことでお手紙します。最近の善はすっかり他のカードにはまっていてポケモングッズはもう集めていないので、私が大事に保管していました。たくさんあるしピカチュウもかわいいし、「誰かにあげよう」と思っていたのです。そしてとうとう贈り先が決まりました。あのシールは今月の終わりにビルマという国へ行くことになります。

Mちゃんはビルマという国を知らないでしょう。そんな国は地球上にないので当然です。その国は今「ミャンマー」と呼ばれています。その名前だったら聞いたことがあるかもしれませんね。東南アジアのタイの西側にある人口5千万人ぐらいのかなり大きな国です。イギリスやフランスの人口が6千万人ですからだいたい同じくらいです。面積だったら日本の2倍ぐらいあります。でもこの国はあまり知られていません。他の国と付き合おうとしないので、他の国の人もこの国のことをよく知らないのです。

この国は長い間、戦争、戦争、また戦争で外国と戦ったり、国内でビルマ人同士が戦ったりしてきた不幸な国です。今は20年前に起きたクーデターで(軍が武力で政治を乗っ取ること)、軍部が勝手に作った政府が国を治めています。つまり選挙で選ばれた人たちではなく、武力で国民を押さえつけた人たちが国を動かしているのです。ですから国民には自由がなく、もちろんそんな国に平和も正義もありません。何かをしようとすれば銃を突きつけられたり、殺されたりするだけです。人々は貧しく、仏教の教えだけが心の支えです。多くの人が自分たちで作れるものだけに頼って生活しています。

軍事政権は国名も「ビルマ」から「ミャンマー」に変えてしまいました。二つの名前はほとんど同じ意味だそうですが、もしも日本でもクーデターが起きて(ありえない事ですが)、「今日からこの国の名前は"大和"だ。我々は"大和人"だ!」と言われたら、Mちゃんはどう思いますか?命からがら外国に逃げた人たちが、今でも自分たちを「ビルマ人」と呼び、自分の国を「ビルマ」と呼ぶ気持ちがわかってもらえることでしょう。

今年の5月、この国で大きな大きなサイクロン(台風)がありました。集中豪雨の後、海まで遠い場所では行き場のない雨水が村を飲み込み、川を逆流して被害を拡大し、実に14万人の死者・行方不明者が出てしまいました。Mちゃんの住む市だったら3.5人に1人がいなくなってしまった計算です。台風が来ただけでクラスの3分の1の生徒が死んでしまうなど想像できますか?そしてたくさんの子どもが災害孤児になってしまいました。両親もきょうだいも家も何もかも失い、一人ぼっちになってしまった子どもが大勢いるのです。

私にはビルマ出身の医者夫婦の友人がいます。サイクロン被災者への寄付を通じて知り合いになりました。彼らはイギリスで勉強して医者になり今はニュージーランドに住んでいますが、サイクロンが起きるやすぐに国へ戻り、被災者の手当てに奔走しました。NZを発つ前にここでは捨ててしまうしかない期限切れの薬をかき集め、自分たちの貯金をおろして汚れた水を飲めるようにする精水機を買い、現地に飛んでからもトラックいっぱいの米を買い、水を買い、2人ともぼろぼろになるまで働きました。それでもビニールシートの上で人がバタバタと亡くなっていくのをどうすることもできなかったそうです。

サイクロンから半年経ちましたが、今でも何百万人もの人が家もなく、収穫するはずだった米も失い、生きるか死ぬかの生活を強いられています。軍事政権は自分たちが国の中で好き勝手にしていることを外国に知られたくないため、外国からの救援活動の受け入れに積極的ではなく(最初はビザを出さず外国人の入国を拒否していました)、救援物資は彼らが横取りしてしまうことも多く、ほんとうに困っている人にはなかなか届いていません。

友人夫婦はもうすぐまたビルマに向かいます。Mちゃんのシールは彼らにお願いしてビルマまで持って行ってもらい災害孤児に贈ることにしました。ピカチュウや他のポケモンはそれがなんだか知らなくてもかわいいものばかりだし、色もきれいで、何かに張ればずっと楽しめるでしょう。ポケモンたちがすべてを失ってしまった子どもたちを一人でも多く慰め、励ましてくれることを心から祈っています。シールは何万キロも旅して、誰よりも喜んでくれる子どもたちの手に届くことでしょう。どうもありがとうございました。

これを機会にMちゃんが、自分たちの政府からも世界からも見捨てられてしまったようなビルマ人という人たちがいること、その中で誰も頼れる人がいないさらに気の毒な災害孤児がいること、それでもみんな一生懸命に生きていこうとしていることに気が付いてくれたらうれしく思います。普段の生活には関係のない遠い国の人たちですが、そういう人たちに比べたら自分の生活がいかに恵まれて幸せであるかということを、いつも忘れずにいたいと思っています。長くなりましたが最後まで読んでくれてありがとうございました。

ご両親さま、お姉さまにもよろしくお伝えください。またお会いしましょう。お元気で。

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「マヨネーズ」
ビルマに関してはここでは初めて書きますが、ブログの方では何度か取り上げています。よろしかったらリンクもご高覧ください。
ミャンマー・チャリティー・ガレージセール

ビルマへの道
ビルマへの道:ファンガレイ編

最初はミャンマーとしたりビルマとしたり、私の中でも表記がばらばらでしたが、今は本人たちが「ビルマ」「ビルマ人」と名乗っているので、何よりもそれを尊重して「ビルマ」に統一しています。(これも学びの記録なので表記はそのまま残します)

       (おまけの写真:当時ピカピカの小学校1年生だった善やMちゃん→)

西蘭みこと

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