「西蘭花通信」Vol.0492  生活編  〜ブルースプリング・レポートVol.5:15歳の旅立ち〜  
2009年9月6日


あれは確か2月のことでした。NZでは2月から新学期が始まるため、長い夏休みを終えた子どもたちが学校に戻ったすぐあとのことだったと思います。シティーに所用があり、朝9時台の列車に乗りました。すでに通勤時間を過ぎており、車内は学生風の若い人か年配の人がほとんどで、その中に偶然ボランティア仲間のパムを見つけ、一緒に座っておしゃべりを始めました。60代と思われるパムはシティーで友人と落ち合うと言っていました。

最後の駅を出て、終点シティーのささやかなスカイスクレーパーが間近かに迫る辺りが、私の最も好きな場所です。火山の噴火でできたカルデラ湖を土橋の上に通した線路で渡っていくのです。車窓の外は右も左も水。特に右手はそのまま海に出るため、常にたくさんのヨットが停泊しており、それはそれはオークランドらしい眺めとなります。何度通っても見飽きることのない場所です。
(水上を走る列車→)

パムと話しながらも視界の端に美しい光景をしかと収めている頃、突然列車が減速し、土橋のほぼ中央で停まってしまいました。
「信号待ちにしてはいやに手前だな。」
と思っていると、列車は再びそろそろと前進しました。驚いたことに右手には下り列車も停まっており、私たちの乗った上りはそれに寄り添うようにピタリと停まり、動かなくなりました。

乗客は怪訝な面持ちで周りを見渡し始めました。
「こんな水の上で車両が故障したらシティーまで歩けるのかしら?」
土橋の周りは草が生い茂るばかりで、人が歩けるような道は見当たりません。約束がある私はすぐに時間が気になりました。窓越しに見える下り列車の人たちは車両の中を歩き回っており、すでにかなり停車していたように見えます。

そのうち、私たちの車両に他の車両の車掌が集まってきました。オークランドの列車はバス同様に乗ってから切符を買うのが一般的です。そのため各車両に車掌がおり、行き先を告げるとその場で切符を切ってくれます。通勤通学客が持っている回数券に鋏を入れるのも彼らの仕事で、この時間帯だと車両の数だけ車掌がいるのです。

やや年長の男性車掌が他の車掌に指示を出しながら、
「ドアを開けたら私が行くから。」
と言っているのが聞こえました。どうやら下り列車に行こうとしているようです。急病人?故障?いろいろなことが頭をかすめましたが、乗客への説明はありません。車掌たちはみな忙しそうで声を掛ける乗客はおらず、パムと私も固唾を飲んで見守るばかりでした。

手動のレバーを動かすとドアがスーッと開きました。どこにしまってあったのか車掌たちがメタルの大きな板を持ってきて、こちらのドアとすでに開いていた下り列車のドアの間に渡しました。私たちの列車が一度停まってからまた徐行したのは、お互いの車両のドアの位置を合わせるためだったようです。すぐに年長の車掌が渡っていき、向こうの車掌と話しているのが見えました。

「下り列車に問題があり乗客がこちらに移ってきますので、席をお詰め下さい。」
初めて短いアナウンスがありました。すぐに乗客が1人また1人とこちらの車両に入ってきては、車掌の誘導で空いた席に座り始めました。上下列車の乗客が隣同士になったあちこちの座席で、囁くような会話が始まりました。ドアの近くに座っていたパムと私は入ってくる乗客を見送るばかりで、何が起きたのかまったくわからないままでした。

すべてが妙に静かに淡々と進んでいきました。急病人や車両故障でないのはとっくに察しがついていました。
「動物でも轢いてしまったのかしら?」
こんな水上にどんな動物がいるのかと自問しつつ所在なげにパムに聞いてみると、彼女はまったく見当もつかないというように首を振るばかりでした。
「動物でなければ、人身?まさか、こんな水上で?線路脇には道がないし、泳いででも来なければここまで来れないはず・・・・・」 

しばしの囁きが止むと、乗客の数が倍近くになったにもかかわらず車両はより一層静かになりました。盛んに業務連絡を取り合いながらも乗客に対しては頑なに口をつぐむ車掌たちの態度も妙で、メタルの板が渡されたままの列車が動き出す気配はありませんでした。この時点で停車が長引くことを覚悟し、私は約束の相手に電話を入れました。
「どうも人身事故があったようで・・・・・」
確信はなかったものの、事の重大さを伝えるそれ以外の理由が思い当たりませんでした。

すぐに外がざわつき出し、人の気配がしました。開いたドアの外をいくつかの帽子が通り過ぎていきます。それは白紺の市松模様のリボンが頭を一周している青い警帽でした。車両は思った以上の高さがあり、外を行く人の肩から上しか見えませんでした。男女の警察官数人と銀色の防火服のようなものを着込んだ消防と思われる人もいました。私は携帯電話を耳に当てながら、
「しばらく時間がかかりそうです。」
と確信を込めて言いました。(つづく)

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「マヨネーズ」
隣の家に空き巣が入り、パソコンを盗られたそうです。移住以来暮らしているこの界隈は本当に静かで安全だと思っていたので、かなりショックです。不況の深刻化で空き巣、クルマの盗難、車上荒らしが増えているそうですが、正直言ってあまり実感がありませんでした。でも今回の件でバチっと目が覚めた思いです。

かと言ってさしずめすることもなく、ご近所では一二を争うほど常に誰かいる家なのですが、外出時には戸締りだけでなくパソコンがある場所ぐらいはカーテンを閉めて行こうかとか思っています。

西蘭みこと

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