「西蘭花通信」Vol.0493  生活編  〜ブルースプリング・レポートVol.6:15歳の旅立ちU〜  
2009年9月10日


シティーまで目と鼻の先という水上の土橋の上で列車が停まり、かれこれ20分近くが経過していました。警察や消防の到着で、車内はにわかにざわつき始めました。私が座っていた場所は手動で開けたドアのほぼ真横、立ち上がれば外の様子が見える位置でした。車掌のように腰を屈めて覗き込めば、何が起きたのかをこの目で見ることもできました。けれど乗客の誰一人としてそうしなかったように、私もまた席を立つことはありませんでした。

"A boy or a girl?"
屈みながら警察官が向った方向を覗いていた目の前の女性車掌に、別の車掌が不意に背後から声を掛けました。隣に座る友人のパムが瞬間、身を引くように感じました。私もまた全身に力が入る思いでした。 「男の子?女の子?」 警察が出動している以上、動物を轢いたのではないことは明らかでしたが、「ボーイ」か「ガール」かという極端に狭められた選択肢に息を呑みました。

"A girl."
屈んだ車掌は気持ち頭を後ろにずらしながら、床に言葉をこぼすように低い声で答えました。この短い会話を耳にしたのは入り口付近にいた数人だけだったでしょう。私は大きく息を吐き、かれこれ30分も座っている固い座席に沈んでいくような気がしました。パムに「聞こえた?」と目配せをすると、彼女は弱々しく首を振り続け、優しげな皺に囲まれた柔和な目をしょぼつかせるばかりでした。

下り列車に渡った年長の男性車掌が戻り、他の車掌に指示を出すや、列車の間を繋いでいたメタルの板が外されました。外では警官が行き交い、無線機から漏れる金属的な声や音がノイズのように響いていました。誰かがここで亡くなったという重い事実を前に、どんな光景も興味をそそるものではなく、ただただここを立ち去りたい思ったのは私だけではなかったはずです。列車が動き始めるや車内に安堵が広がりました。

大幅に遅刻しながらも数時間の所用を済ませシティーのブリットマート駅に戻ると、列車は何事もなかったように上下線とも運行していました。下り列車の水上の通過もいつも通りで、朝の出来事が幻ではないかと思えるほど美しい眺めが広がっていました。空ろな想いで列車を降りると、近所に住むモーリンに出くわしました。思わず事の顛末を話してしまうと、彼女も目を丸くして、
「そんなことがあったなんて。今夜のニュースか明日の新聞をチェックしないとね。」
と言い、駅前に停めたクルマに乗り込んでいきました。

予想に反し、夜のニュースでも翌朝の新聞でも「列車事故」の報道はありませんでした。モーリンからも電話が入り、「おかしいわね。新聞に載ってないわね」という話になり、あの出来事がますます幻のように感じられ、そうであってほしいと強く願うばかりでした。

数日後、再びモーリンから電話が入り、私の虚しい願いなど木っ端微塵に吹き飛んでしまいました。
「亡くなった女の子ってあなたの通りに住んでたのよ。イングリッド(仮名)っていう15歳のドイツ人の子なんですって。知ってた?温と同じくらいの歳じゃない?ずっと鬱だったみたいよ。かわいそうにねぇ。」
受話器を持つ手から血の気が引いていくようで、
「まったく心当たりがないけど教えてくれてありがとう。」
と答えるのが精一杯でした。

(シティーまで一直線の線路。この先が現場となった橋のある場所→)

Your street――、この通りに? 
受話器を置いて思わず目をやった通りは、小さな子でも歩き通せる1キロもない道です。この通りに長男・温と同い年のドイツ人の子がいたとは、まったくの初耳でした。モーリンは前夜に夕食を買いに行ったテイクアウェイでお客同士が彼女の話をしているのを小耳に挟み、詳しく聞いてきたそうです。シティーのすぐ手前で起きた事件が自分の生活圏に飛び火し、しかも当事者が息子と同い年だったことは想像以上に胸を塞ぎました。てっきり20代の若い女性だと思いこんでいたので15歳は衝撃でした。

「イングリッド?ドイツ人?知らないな〜。」
学校から帰った温に聞いてみると、首を傾げています。
「どっかプライベート・スクール(私立校)に行ってたんじゃない?中学のときも、そんなコいなかったよ。いたらスクールバスが一緒だったから。」
親より遥かに近所に精通している子どもが知らないというのであれば、それ以上知る由はありませんでした。
「最近、引っ越してきたんじゃない?」
と話はあやふやなまま終わりました。(つづく)

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「マヨネーズ」
善(12歳)の最近の口癖は「パーフェクト」。
ちょっと連発気味で、 「そんなに簡単に手を打っちゃっていいの?」 と思わずツっこみたくなるぐらいです。今朝も、
「今ってちょっとあったかくて寒くなくて、善くんにはちょうどパーフェクト!」
出たっ><;

子どもには珍しく善は寒がりで(夫似か?)、春の訪れを心待ちにしていた数少ない中学生かと思います。
「善くん、暑いのもダメなの?」
「うん。暑いのも嫌い。」
「それじゃ、老人だよ」とツっこむ代わりに思わず笑ってしまいました。

「それからママ、ボクのスリッパちょっと壊れちゃったみたい。」
「そうね、ママも昨日気が付いたわ。新しいの買わなきゃね。」
「まだいいよ。このスリッパ、善くんにはパーフェクトだから。サイズもぴったりだし中がフワフワしてるのもいいんだよね〜♪じゃ、学校行ってきま〜す。」

今のところはブルースプリング(青春)一歩手前の、のどかな時間を満喫しているようです。
そんな彼も来年はティーンの仲間入りです。

西蘭みこと

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