「西蘭花通信」Vol.0506  生活編  〜ブルースプリング・レポートVol.12:暗転〜   2010年2月5日

「あ、もしもし、おばあちゃん?」
温(15歳)が身長186cmの外見に似つかわしくない子どもっぽい日本語で、義母に電話を掛けています。年末年始に子ども2人だけで帰国したときに、「日本の高校に行きたい」と思い立ち、親の知らないところでそれとなく義母に打診していたとはいえ、きちんと自分の意思を伝えるのはこの電話が始めてです。

「でも、おばあちゃん、あと3年も生きているかわからないし・・・」
傍にいた私にも義母の声が断片的に聞こえてきます。ん?断られてる?けれど温は終始おっとりと話しています。一通り話し終えたところで、「パパにも代わってね」と横から囁き、夫にバトンタッチ。
「あ、おかあさん?」
とやや改まった調子で夫が話し始めました。

温にとり義母の協力がすべてでした。例え入学できる高校が見つかっても、住むところがなければ話は水泡に帰してしまいます。義母が3年間の同居を認めてくれるかどうか、それがすべての出発点でした。温が「おばあちゃんがうちから通えばいい、って言ってたよ」と言う以外、私たちは義母の本意を量りかねていました。

「じゃあ、本当にどうもありがとう。この計画はおかあさんの協力なしにはありえないから。そう言ってもらえるとありがたい・・・・」
夫が神妙に話を締めくくり受話器を置きました。
「面倒見てくれるってさ。でもお弁当は作れないから自分で作ってって言ってたぞ。」
温は何度もうなずきながら、
「自分でやるよ。サンドイッチとか・・・」
すでに学ランを諦めています。手作り弁当がないのも織り込み済みでした。3人の間に安堵が広がり、疲れ切った顔が笑顔になりました。計画はひとまず一歩前進しました。

翌日は月曜日。子どもたちが日本から戻ってちょうど1週間でした。たった7日間でなんと遠くまで来てしまったことか。私は朝から根を詰めて仕事に向かい、夫も温関係の連絡や調べ物に追われていました。日本の朝9時を待って、夫は調べ上げたところに次々と電話を入れていきました。昼食の片付けをしながらも、私は気持ちが半分どこかに行ってしまったように感じ、やるべき事は山のようなのに何も手に付かない気がしました。

電話を終えるや、
「温には受験資格がないらしい。」
と夫が単刀直入に言いました。
「どうして?日本の学校に通っていたことがないから?」
「いや、帰国子女の定義が親と一緒に帰国する子女ということらしいんだ。子どもだけ帰国しても公立校の場合、帰国子女とはみなされないらしい。」

「おっ、親の帰国?」
昨夜から今朝にかけて、あれほどいろいろなサイトや募集要項に目を通したというのに、そんな条件はどこにも一言も触れられていませんでした。
「親族は保護者じゃないから、おばあちゃんじゃダメなんだそうだ。」

暗転。昨夜の安堵は12時間しかもちませんでした。善は急げですが、こういう場合は悪も急げで、すぐに温に事実を伝えました。本人はさっと顔色を変えたもののうな垂れるわけでもなく、至って平静でした。それが返って痛手の深さを物語っているように感じられました。私たちがいなければ泣き出したいところだったでしょう。

「でも、担当者によると例外が認められることもあるかもしれないので、一応上司の人に確認してまた電話してきてくれるそうだ。今日は上司の人が不在なんだって。」
という夫の言葉も、今や慰めにしか聞こえませんでした。夫が問い合わせたのは千葉教育委員会で、お役所が例外を作りたがらないのは誰でも知るところです。上司に確認をとってくれるだけでも、ずい分好意的に感じられました。

しかし、私はどうしても納得がいきませんでした。私立校だけでなく地方では公立校でも寮を併設した学校がいくつもあり、明らかに親と同居していない高校生が大勢いるというのに、どうして帰国子女だけが保護者の同居と監督を求められるのか?義務教育でもないのになぜ学校がそこまで私生活に立ち入るのか?さらに検索していくと、親が海外に居住している子弟向けの民間施設さえあります。こうした施設の入居者は全員が私立校に通っているのでしょうか?

諦めきれない私は横浜市の教育委員会に電話を入れてみました。時間はNZ時間で夜8時台、日本ではかろうじて勤務時間内でした。
「親がいるのに一緒に住まないのは規定違反です。」
「それは親の監督義務を問うからですか?」
「そうです。まだ 高校生だからです。」
「では親が一緒に住めない場合はどうしたらいいのでしょう?」
「私学か夜学か通信教育があります。」

非常に丁寧な受け答えながら、問答としては立て板に水、まさに門前払いでした。夫が問い合わせた神奈川県も同様で、自治体による対応の違いはないようでした。ただ同居を求める理由に関し横浜市は「監督義務」を、千葉県は「親の居住地以外の受験を認めると、複数の公立校を受験できてしまう」という、より現実的な理由を示してくれました。
(ちなみにこの理由を横浜市にも尋ねてみましたが、否定されました) 確かに親族の住所をもとに願書が出せたら、2つ以上の受験資格を得ることが可能になってしまいます。こんな壁があったとは!前夜に続き、再び3人とも眠れぬ夜を過ごしました。(つづく)

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「マヨネーズ」
毎年している節分。今年も豆を買ったものの、しませんでした。内には全く興味のなさそうな義母。外にはマンション1階の人のガーデンと、それぞれ事情があり、結果的に断念しました。しかし、昨日からは立春。東京周辺は毎日のように「この冬一番の寒さ」を更新していますが、雪にもめげずに咲いている花の多さに驚きと感動と希望を感じています。温にも春が訪れますように。

(近所のお寺の境内にて→)


西蘭みこと 

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