「西蘭花通信」Vol.0516  生活編  〜終の棲家:シャカ〜                 2010年4月11日

「どこの猫なんだろう?」
家に入った夫と私は首をひねるばかりでした。この家で暮らして足掛け4年。庭に来る近所の猫はどれも顔なじみで、めったに新顔を見ることはありません。しかし、この猫は私たちに心当たりがなく、忽然と現れたのです。尋常ならざる痩せ方からして、数週間飲まず食わずだったのでしょう。生きていることすら不思議なのに、座ったり歩いたり、存在そのものが信じがたいことでした。

「飼い主と生き別れたか、捨てられてしまったのか?」
私たちは飼い主と死に分かれた黒猫の面倒を1年ほど見ていたことがあります(その話はコチラで)。飼い猫は野良猫と違って外で生きていく術を全く知らないため、1匹になったとたん生死にかかわってきます。この猫は間違いなく飼い猫だったはずで、私たちを警戒するどころか、「発見」してもらえてホっとしているようでした。

あんなになる前にどうして姿を現さなかったのか?飼い猫がいて、やはり飼い主とはぐれてしまったらしい別の黒猫に毎日ご飯を出している私たちなので、この猫に気付いていたら必ず面倒を見ていました。ジョギングの途中に近所で痩せた虎猫を見た記憶もありません。いつから家の下にいたのかも、皆目見当が付きませんでした。

「4月8日の花祭り、お釈迦様の誕生日に出会ったから、名前はシャカにしよう。」
と私が言うと、
「仏だから、もう死んじゃうってこと?」
と夫にツっこまれました。
「生誕なんだからこれから生まれ変わって生きるのよ!」
と言い返し、本当にそうあってほしいと思いました。生きたいからこそ、私たちの前に姿を現し、助けを求めてきたはず。そうでなければ動物らしく姿を消して、ひっそりとこの世を去っていったはず――。

シャカが横になった場所はキッチンからよく見える位置でした。手足を伸ばして寝ている後姿はいかにもリラックスしているようですが、波打つ起伏が息の荒さを示しており、肩どころか全身で息をしているのがわかりました。しかも寝返りを打つ姿が異常で、のた打つように身体がしなり、苦しそうに口を開いて喘いでいます。寝返るというよりも、身体の自由が利かず立てなくなっているようでした。

今度は皿にミルクを入れて持っていきました。「水が飲めるのだから」と思っていると、果たしてシャカは舌を出して二舐めほどしました。一瞬舌を止め、遠い記憶の彼方からこの味を思い出しているかのようでした。飼い主がいて、温かい家があって、何の心配もない幸せだった頃の思い出の味。再び口を付け始めたものの、やはり二舐めほどで身体が揺れ、口が皿からずれてしまいました。何度も何度もミルクを口の下に持っていき、やっと20〜30ccぐらいを飲ませることができました。

ミルクを飲むのも疲れるのか、シャカはヨロヨロと移動しながら、キッチン真下の植え込みの根元に横たわってしまいました。弱っているだけあって、暗いところに行きたがります。「少しでも日向で身体を温めて」という人間の常識は通じません。這いつくばって植え込みの下に何度かミルクを差し入れましたが、そのうち口を付けなくなり、背中を向けてしまいました。

夜になりました。シャカは半日以上、その場所で横たわっていました。行くたびに少しずつ場所がずれていて、眠っていないのは明らかです。極度の疲労で眠ることすらできないのかもしれません。これも飼い猫ピッピが他界する前に経験したことです。
「ここで夜明かしをするつもりなら箱やタオルを用意しないと・・・・」
と思いつつ、夕食のためにいったん家に入りました。

食後に懐中電灯を持って戻ると、シャカの姿がありません。すぐにピンと来て床下に通じる穴を見ると、金網がずれ、金網がずれないように置いておいたゴミ箱までずれていました。渾身の力を振り絞っての仕業に違いありません。さすがにこの季節、夜ともなると冷えるので、少しでも温かい床下に行きたかったのかもしれません。

「そんなに入りたかったのか。」
ゴミ箱まで置いて穴を塞いでしまったことを可哀想に思いつつも、懐中電灯の光が届く範囲には姿が見えなかったので、それ以上できることはありませんでした。
「おやすみ」
と心の中で念じながら、翌日の朝もその日の朝のように、忽然と現れる姿を思い浮かべつつ家に入りました。

家に入ってからも、「下にシャカがいる」と思うと心境は複雑でした。いつもより家の中が明るく温かく感じられ、夜露がしのげる場所があることが、今さらながらありがたく思えました。
「また明日ね。」
眼窩の奥からのぞくように見ているシャカを思いながら、私は眠りにつきました。(つづく)

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「マヨネーズ」
飼い主と死に分かれた黒猫タビの話はリンク先の通りですが、この話、連載途中のまま早2年半経過(大汗) 猫つながりで「今回のシャカの連載が終わったら続きを書こう!」と、思っていますが。(ごめんね、タビちゃん・・・)

今はタビにそっくりなタビジという黒猫が毎日ご飯を食べに来ています。やはり飼い主とどこかではぐれてしまったらしく、大人しく躾のいい、先住猫のチャッチャをとても尊重してくれる猫です。

西蘭みこと 

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