「西蘭花通信」Vol.0518  生活編  〜終の棲家:最後の二本足〜            2010年4月13日

眼窩の奥からじっとこちらを見ていたシャカの目が忘れられません。何かを訴えていたのでしょうが、私にはメッセージが読み取れませんでした。望んでいたものが、私たちがせっせとあげていた水やご飯ではないことだけは確かです。シャカは差し出されるものを反射的に口にしたものの、それがもう自分の血や肉にならないとわかったのでしょう。すぐに口を付けるのをやめてしまいました。

物事に偶然はないと信じる私は、シャカが死の直前に私たちの目の前に現れた意味をずっと考えていました。これが偶然でないならば、なんのためにそうし、私はどうすべきだったのか――。葬った後も放心したまま夜ご飯を作り、ラグビーの試合を観ていても何も頭に残りませんでした。
「シャカはなにをしてほしかったんだろう?」
床についてからも、考えているような夢を見ているようなで、そのことが頭を離れませんでした。

そして私なりに得た答えは、
「最期を看取ってほしかった」
のではないかということでした。身を削るほど痩せ細りながらも飼い主との再会に一縷の望みを託していたシャカは、とうとう死期を悟り、ほとんど足を踏み入れたことがなかったであろう我が家にやってきて床下に入り込み、庭に出た夫の気配によろめきながら出てきたのではないでしょうか。その後のことはこの連載の通りです。

動物らしく姿を消し、ひっそりとこの世を去ることも可能でした。3年前に永眠した飼い猫ピッピも、最期に「死に場所」を求めて同じ床下に潜り込んだことがありました。庭中探しても見つからず、ピンと来た私が床下に入り込み「救助」したものの、それまで決して入ることがなかった場所なので、動物の本能に驚いたものです。シャカもそのつもりで、うちの床下を選んだのでしょう。

なぜうちだったのかは、「お導き」なのかなと思います。私たち夫婦は在宅業なのでほとんど家におり、しかも無類の猫好きです。前に世話をしていたタビは、飼い主と死別して1人ぼっちになってからうちにやってきたのは、「飼い主の導きでもあった」と、アニマルコミュニケーションを通じて打ち明けてくれました。私たちは生前の飼い主とは一面識もありませんでした。なのでシャカに同じことが起きても不思議ではないでしょう。(連載途中ですが、コミュニケーションの様子はコチラでも)

他の動物もそうなのかもしれませんが、少なくとも猫は死の直前になると魂が身体を出たり入ったりするようです。ピッピもそうで、見たこともない寝姿に何度か肝を冷やし、慌てて駆け寄って息があるかを確かめたものでした。そんなときは魂が瞬間的にでも身体を出ているようでした。こうなると食べることには意味がなく、水を飲むことも自ら止めてしまいます。もう生きる糧が必要ないことを、はっきりと自覚しているのです。

シャカも生死をさ迷っているうちに何度か魂の出入りを経験し、後に亡骸が残ることを理解したのではないでしょうか。そして、飼い主と同じ二本足で立つ人間に、後を託そうと思ったのではないかと想像しています。私たちの前に姿を現したのは、「生きたかったから」ではなく、「逝きたかったから」なのだと、今では信じています。

シャカを見つけたとき、SPCA(動物愛護協会)に連絡して引き取ってもらうこともできました。しかし、ゾンビのような姿でもシャカの死期がそんなに間近に迫っているとは見抜けなかった私たちは、まず世話をしながら様子を見ようと思いました。こんなに弱った猫が知らない場所で点滴や鼻からのチューブを受けることは、甦生よりも恐怖でしかないと思ったからです。

そして、万が一生きられなかったとしても、シャカがこの界隈で暮らしていたことは間違いない以上(猫の行動範囲は通常、非常に限られています)、生前目にしていた風景の中に葬ってあげたいとも思っていました。タビが交通事故に遭い、お向かいの通報でSPCAに引き取られて安楽死した後、遺体を引き取らなかったことをずっと悔いていた私にとり、シャカを庭に葬ることは最初から覚悟の上でした。

ピッピは最期の数日は飲んだり食べたりはもちろん、歩くことも座ることもできなくなり、腹ばいか横になるか、姿勢を変えてあげない限り寝返りも打てない状態でした。口からスポイトで流動食や水を流し入れ、下の世話もしました。そんな自分を不甲斐なさそうにしていた姿は今でも忘れられません。猫は本当に独立独歩で、気高く、義理堅く、愛情深く、きれい好きです。こうした生き方がかなわないならば、死を選びさえします。

飲んだり食べたり、歩いたりできたシャカが1日も経たないうちに亡くなったのは、すべて覚悟の上だったからでしょう。後を看取ってもらえると確信し、最後の力を振り絞って金網をこじ開け、床下に戻っていったのだと思います。なんと潔い逝き方なのでしょう!どんなに小さくてもみすぼらしい姿であっても、尊敬の念を禁じえません。シャカが目にした最後の二本足となったことを、ここが終の棲家であることを誇りに思います。(完)

(猫はとても個性的です。シャカはとても聡明な猫のように感じました。すべての苦しみから解放されて安らかに眠ってね→)


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「マヨネーズ」
そろそろシャカが天に昇る時間が近づいているような気がします。ピッピのときは
「ほら、お空に昇ったよ!」
とはっきりとメッセージが来て、夕食の途中だったのに涙が止まらなくなってしまいました。心からシャカの冥福を祈ります。

西蘭みこと 

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