「西蘭花通信」Vol.0519  生活編  〜21世紀のディアハンター〜            2010年4月28日

毎週火曜日は「映画の日」です。昨日は遅まきながら今年のアカデミー賞作品賞を受賞した「ハート・ロッカー」を観て来ました。

米軍の任務の中でも最も過酷と言われる、イラクでの爆発物処理班。普通の市民とテロリストが全く識別できない中で、極度の緊張を強いられる米兵たち。兵士の命を容赦なく奪う最大の敵である爆発物。その処理に当たる彼らは、命を賭して仲間を救うヒーローなのか、戦争に取り付かれた狂人なのか――――。

戦争で荒廃しきったゴミ溜めのような街。表情のない人々。酷暑。不信。叫び。銃声。死。 こんなに狂気じみた場所で873個もの爆発物を処理してきた主人公ジェームスは、班の掟をことごとく破りながらも、独特の勘と行動力で矢継ぎ早に「ベイビー」(爆弾)を仕留めていく戦場の天才。しかし、規律がすべての軍にあって、彼は異端中の異端で、班の仲間の命を何度も危険にさらすことに・・・・・。

映画が始まってすぐに、
「そうか、これはアメリカ人のための映画なんだ!」
と悟りました。精神的にも肉体的にも極限状態の中、死と隣り合わせの任務を日々こなしていくことは、確かに賞賛に値するでしょう。しかし、
「なぜアメリカ人がイラクまで来て、こんなことをしなければならないのか?」
というそもそも論から躓いてしまう一外国人としては、それ以上感情移入することができませんでした。
ビン・ラディンが引き起こした9・11。アメリカはアフガニスタンからパキスタンまで探し回っても、当の本人を捕まえられず、なぜか矛先を「秘密の化学兵器を持っている」というイラクに向け、アフガンに続いて侵攻。市民を地獄への道連れに国は崩壊。見つけたのはブリーフ一丁のサダム・フセイン―――。
アメリカにとってのイラクがなんだったのか、いまだにわからないのは、私だけでしょうか?

爆発物を見つけて一気に緊迫する米兵たち。爆破のかなりがリモートコントロールなので、周囲で携帯電話を手にする市民を見つけては次々に銃を突きつけ、緊張がピークに達します。誰がスイッチを押すのか、見当もつかないからです。兵士たちは狂ったように「携帯から手を離せ」「手を挙げろ」と命じ、辺りはカオスと化します。訳もわからないまま一瞬にして恐怖に突き落とされる市民たち。もちろん、爆破の巻き添えで命を落とすことも。どちらも地獄です。

戦争の発端が理解できないのですから、その処理も淡々と見つめているだけでした。その時ふと、自分の目線がカメラが映し出す遠巻きにしたイラク市民の目線に近いと感じました。市民の一部は占領者や異宗派と闘う当事者でしたが、多くは身を守るすべもない傍観者であり、犬死していく犠牲者でした。

ただ見つめる―――、これは大きな発見でした。勝手にやってきて、勝手に街を蹂躙し、市民すべてがテロリストに見えるため一触即発でパニックに陥り、銃を向け、撃ち、自らも犠牲を払い、不信と緊張の絶え間ない連鎖の中で正気と狂気がない交ぜになっていく彼らを、ただ見つめる―――。

戦争の中でも特に侵略戦争は 「対戦国」の人数が圧倒的に多いわけですから、例え相手が丸腰であっても侵略者の恐怖は度を越えたものになるのでしょう。日本の中国侵略も、アメリカのベトナム戦争も、絶対的な人数の違いが侵略者の狂気を増幅していったはずです。絶対的少数が自己都合で絶対的多数を抑圧しようとする構図こそが、侵略の不合理の象徴のように感じます。

なので「侵略の不合理」を問わず、前線の彼らにすーっと感情移入していけるアメリカ人には、この映画はさまざまな意味を持ったと思います。身の回りで入隊している人も必ずいるでしょうから、さらに個人的な面でも思うところは多かったのではないかと想像します。しかし、外国人の私にとり、彼らは職業の自由が保証された国で軍人という職を選び、職務を真っ当する中でイラクにいるとしか理解できないわけです。

ここまで来て、
「そうか、これは21世紀のディアハンターなんだ!」
と、再び思い当たりました。哀愁漂うテーマソングが心の奥深く染み入ってきても、あの映画そのものは私の心に届きませんでした。米兵の目を通して描かれた、正当化するのが不可能なほど不気味にして残酷なベトコン。自分たちの繰り広げた残虐行為には触れないまま、戦争というものの虚しさを描き出そうとする映像。どちらも反戦映画というよりは嫌戦映画で、根底では現実を「仕方なく」受け入れているようにも感じました。

この話が2004年のバグダットをモデルにしていることにはやや希望を感じました。2006年にイラク新政権が発足し、自爆テロは続いているものの今ではオバマ政権のもとで米軍の撤退が具体化してきています。米軍が撤退しても赤化しても、ベトナムは死にませんでした。イラクもきっと独自の価値観と方法で生き残る道を見つけてくれることでしょう。

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「マヨネーズ」
「じゃあ、アバターがアカデミー賞とってた方が良かった?」 と聞かれたら、これまた、
「うーーーーん?!」

4回連続でお伝えしたシャカの話は、ブログの方で後日談を書いていました。よかったらコチラからご覧下さい。 あれから早くも3週間。オークランドはすっかり秋めいてきました。これからは一雨ごとに寒くなっていくことでしょう。


西蘭みこと 

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