「西蘭花通信」Vol.0524   生活編   〜10×10 負ける神〜                2010年7月19日

バス・トイレのリフォームに今どき流行らない10cm×10cmの小さなタイルを選んでしまったばっかりに、最初にやてきたタイル職人には
「やんねぇよ、こんな仕事!」
と帰られてしまいました。仕事を依頼している建築士のサリーに泣きつき、彼女が連絡を取った2人目の職人にも、10cm×10cmと告げただけで断られました。40cm×40cmが主流な中、同じ面積で単純に16倍も手間がかかることは敬遠されました。

「やってくれる人はいるだろうけど、すごい金額を請求されそう。」
自分のこだわりのために、タイル代だけでなく施工費用も大幅に予算オーバーとなりそうな気配に、ため息が出ました。最初から遠巻きに見ていた夫はさらに引いていました。タイルも買ってしまい、引き下がれないことだけは確かでした。最初の職人に帰られた24時間後には、サリーが手配した実質3人目のシャオワン(小王)が下見に来ました。

           (業者が決まらず廊下に放置されたタイル→)

「このサイズのタイルは普通の仕事の3倍の時間を喰うんだ。タイルは数が多けりゃ多いほど粗が出る。だから誰もやりたがんねぇのさ。」
人の良さそうなシャオワンでしたが、ビジネスはビジネス。仕事の難度を主張して、それなりの代価を求めようとするのは当然でした。私は追加で500ドル(約3万円ですが、感覚的には5万円ほど)ぐらい請求されるのを覚悟しました。バスとトイレに「水気を含んで光る芝の色と輝きを再現してみたい」などという、突拍子もない発想にこだわるあまり、予算は暴走し始めていました。

夫の渋い顔を思い浮かべつつ、私はシャオワンが引き受けてくれるかどうかに全神経を集中していました。というのも、建てただけで2年間空室にしていた離れをとうとう貸し出すことに決め、7月7日には新しい住人がやってくることになっていたのです。それ以降は、臨時に使っていた離れのバス・トイレが使えなくなってしまいます。賃貸を決めてから思いついたリフォームだったので、当初から「テナントが入るまでの3週間以内の完成」という強行軍でした。サリーたちはきつい日程をきっちり守ってくれており、私の都合で工事を遅らせることはできませんでした。

「オレは中国でも10数年、こっちでも10年の経験があるから何でもできるけど、こりゃ大変だぞ。」
シャオワンはしゃがみこんで床や壁の状態を確認しながら、私に背中を向けたままそう言いました。来た来た!こちらが困っているのは明らかですから、自分をうんと高く売るわけです。中華圏で20年も暮らした後では、彼らのこの辺の出方は完全に読めました。通算で経験20年というのもかなりサバを読んでいるはずです。

私がサリーの立場だったら、かなり焦っていても「まぁ、他にも経験の長い人はいるから」とカマをかけ、相手の腹を探り、しいては値段の落としどころの見極めに出るところですが、ここは最終顧客、立場が違います。
「1人に逃げられて、もう1人にも断られてるから、ぜひやってほしいんだけど・・・・」
と正直に出ました。
「そうか、そんなに断られたのか。カカカカカカカカカカカ」
シャオワンは勝負に勝ったかのように高笑いでした。

「サリーとはよく商売してるの?」
話題を変えて話を続けると、
「あぁ。2年前にちょっと一緒にやってたんだ。その後、オレが国に帰ったりしててそれっきりになってた。」
「そうだったの。」
と平静に答えつつ、私の中で追加料金の金額がジリジリ下がり始めていました。

「一緒にやってた」はハッタリでした。サリーはシャオワンが下見に来ることを告げる電話で、
「一緒にやったことはないんだけど、腕は確からしいの。前に親しいタイル屋から紹介されてたのを思い出したのよ。」
と言っていたのです。 シャオワンはサリーとの初取引をものにするために値引きしてくることでしょう。それにサリーが若干の手数料を上乗せしても追加料金は、
「300ドルぐらいかもしれない!」
私は皮算用をしつつ声には出さなかったものの、シャオワンに負けないくらいカカカカカカカカカカカと高笑いでした。これだけもめて、プラス300ドルだったら御の字です。腕の方は4、5年の経験はあれば十分のはず。

シャオワンは引き受けるとも受けないとも言いませんでしたが、態度から察してやるつもりのようでした。それ以上はサリーに委ねることにし、追求しませんでした。
「お願いできるんだったら、ぜひよろしくね。」
最後にそう告げると、
「おう。」
と答えて、星空の下を帰っていきました。

翌日サリーに電話をすると、
「ありゃ大変だ。普通の仕事の3倍だって盛んに言ってたわ。そうは言ってもね、値段が3倍になるわけじゃないから。決まったら連絡するわ。」
と言われました。その翌日も電話で話しましたが、タイル職人の話にはなりませんでした。
「まさか引き受けてくれない?それとも値段でもめてるとか?週明けからタイルを張り始めないと間に合わないのに!」
と気を揉んでいると、サリーから電話が・・・・・・

「明日の日曜日、大工とシャワーボックス付けに行くから。」
「そうしたら次はタイルでしょ?やってくれる人決まったの?」
「言ってなかった?この間下見に行った彼がやるわよ。」
やった!
「で、追加料金は?」
と恐る恐る聞いてみると、
「プラス100ドルでやるって。」

勝った!
この値段ならどう見ても彼の負けです。拾ってくれた神が負けたのです。でも、本当に勝ったのは私ではなく、百戦錬磨のサリーでした。

(つづく)

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「マヨネーズ」
今では工事も無事終わり、離れにも新しい住人が入りました。その後、芋づる式に家のDIYに入ってしまい、ずっと掘ったり塗ったりの毎日が続いています(笑)

西蘭みこと 

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