「西蘭花通信」Vol.0527   生活編   〜成人式の思い出〜                2011年1月11日

毎年、成人式の日に思い出すことがあります。思い出といっても、華やかな振袖だの友だちとの楽しい思い出だのという類のものではありません。今日はその話を。

大学1年の18歳の夏、私は初めて海外に出ました。第二外国語で取っていた中国語の講師に誘われ、複数の大学の学生からなる中国訪問団のようなものに参加したのです。80年の中国は文革の記憶も生々しく、世界に向けてほんの少し門戸を開いたところでした。個人旅行などとんでもない話で、団体旅行といえども観光する場所は中国側の指定、人民公社の訪問なども勝手に組み込まれるという按配でした。

費用は11日で20数万円だったと思います。これといったアルバイトもせず自宅から通学していた私には、おいそれと出せる金額ではありませんでした。とりあえず持っている現金をかき集め、残りは両親から借金することにしました。寝耳に水の両親はもちろん反対。しかし、娘の意思は固く、渋々ながらも応じてくれました。両親の指示で私は生まれて初めて借用書なるものを作成し、署名して彼らに渡しました。

旅行を終え大学に戻ると、同じ講師に「今度は春休みに台湾で中国語の研修があるぞ」と誘われました。その研修に参加したことで、私は中国語を介してアジアと出会い、その後NZ移住まで続く足掛け20年の長い長いアジアとの蜜月に突入しました。1ヵ月半の研修の後、19歳になっていた私にははっきりと20代を見通すことができ、自分に何が必要で何が要らないのか、迷うことなく言えるようになっていました。

まず家を出ました。両親は猛反対でしたが、「学費以外なにも要らない。学費も出してくれないなら自分でなんとかする」という娘を引き止める手立てはありませんでした。それを機に完全な自活に突入しました。お金はなくても自由に夢を追える、学業とアルバイトと映画三昧の日々でした。

そんなある日、実家に戻っているとき母が、
「成人式はどうするの?」
と聞いてきました。どうもこうも、とっとと大学を卒業して台湾に留学することしか頭になかった当時の私にとって、それは頭を霞めもしない問いかけでした。
「どうするって?」
「やっぱり女の子だし振袖ぐらい用意した方がいいのかと思って。」
振袖?そんなものいったい何回着る機会があるというの?結婚したら袖をチョン切ってでも着る?ありえない!筋金入りの合理主義の私には答えようがありませんでした。

「振袖っていくらぐらいするものなの?」
「何十万よ。」
「買うんだったら、いくらぐらいのものを買うつもりなの?」
「十数万から20万ちょっとかしら?帯も高いし、他にも揃えなきゃいけないものがたくさんあるのよ。」
というような会話がありました。和裁の師範の免許までもつ母と、着物など浴衣も含めて全く興味のない娘。話は盛り上がりようもありませんでした。

「せっかくだけど振袖は要らないわ。買っても台湾まで持っていけないし、そもそも1人で着れないんだし。もったいないわよ。それより、その分で借金を帳消しにしてもらえない?」
実も蓋もない話ですが、私は真剣でした。
「あの中国旅行は私にとって一生価値を持つものだったから、成人式しか着ないかもしれない振袖より貴重だわ。」
それなりに理屈をこねてみましたが、母は浮かない顔でした。

成人式当日の記憶が全くないので、いつものようにアルバイトに勤しんでいたのだと思います。さすがに母には言えませんでしたが、記念式典への出席など毛頭考えたこともありませんでした。振袖を買ってしまったら、式典に行かざるをえなくなっていたわけです。それよりも借金がなくなって清々した気持ちでした。アルバイトで食いつなぐ身には、なかなか返せない借金はずっと目の上のたんこぶだったのです。

10年後、私はシンガポールで知り合った夫と結婚しました。合理主義は相変わらずで、成人式に行かないどころか結婚式もしませんでした。さすがに一時帰国し、会食の席を設けて両家の家族を紹介しました。その席で両親から結婚のお祝いをもらいました。分厚い封筒を開けると1万円札が束になっていました。その上に折りたたんだ手紙のような紙が添えてあり、開いてみると10年前に自分で書いた借用書でした。

「この分はお祝いから引いておいた」という旨の両親のメッセージが添えてありました。一堂大笑いでしたが、私は笑えませんでした。借金を踏み倒すつもりが全くなかったので、振袖と引き換えに借用書を返してもらうという知恵がなかったのを悔やみました。あの一件は20年経った今でも後味の悪い思い出として蘇ってきます。笑い話にできない自分の器の小ささなのか、実家の家族は昔も今も、親しい友人以上に気を使わなければならない間柄であることが思い起こされて気が滅入るのか。

多分、その両方でしょう。

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「マヨネーズ」
新年らしからぬ時化た話ですみません。この年末に愛猫チャッチャを亡くし新年どころではなかったので、今年は2月3日の中国正月から本格的に仕切り直していきたいと思っています。それで行くと今は師走。物も気持ちもどんどん整理している最中です。

(2匹とも旅立ってしまい、家から猫がいなくなってしまいました。長く尾を引く寂寞感と喪失感です→)

読んで下さっている方の中に今年成人という方はいないことでしょうが、万が一いらしたら、またはお子さんやお孫さん(笑)でも成人された方がいらしたら、
おめでとうございます。
これで堂々と飲めますね〜!

西蘭みこと 

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