「西蘭花通信」Vol.0542   経済編   〜緑の光:緑の軍団〜             2011年9月22日

「雨が降りませんように。」
9月17日夜8時。NZラグビーのメッカ、イーデンパーク。今回のラグビーワールドカップに向けて6万席に増席し、見るからに広くなったスタジアムで、私が気にしていたのは天気ぐらいなものでした。試合はオーストラリア対アイルランド。下馬評でいけばオーストラリア代表ワラビーズの勝利は間違いなく、プール戦トップで準々決勝に進む見通しでした。

席はトライラインのすぐ脇でした。トライを見るにはうってつけですが、グラウンドの反対側となったらスクリーンに頼るしかありません。着席して周りを見渡すと、緑の服や緑の帽子、緑と白とオレンジの旗を持つ、老若男女のアイルランド・サポーターに囲まれていました。春の草原を思わせる鮮やかな緑は、ただ黒い服を着ているのかサポーターなのか、パッと見ただけではわからないオールブラックス・サポーターの黒とはちょっと違って見えました。

「そうか、オールブラックス以外のテストマッチ(国対抗試合)を見るのは初めてなんだ。」
と、気付きました。移住以来、イーデンパークで行われるテストマッチは全て観てきたはずですが、当然ながらそれらは全てオールブラックス戦でした。初めて第三国同士の試合を観戦するのだと気付くや、急に周囲が新鮮に見えてきました。いつもより盛り上がって華やかに見えたのは、ワールドカップの高揚ばかりではなかったようです。

国家斉唱が終わり試合が始まるや、スタジアムを揺るがすような大声援が巻き起こりました。オールブラックス戦の3割増しのボリュームです。そして試合開始後1分ちょっとでアイルランド・サポーターの歌が始まりました。これは初めての経験でした。セブンス(7人制ラグビー)の試合でもイギリスやアイルランドのサポーター同士は「歌合戦」になることが多いのですが、南半球チームには歌で応援する習慣がありません。

「アイルランド・サポーターの方が圧倒的に多いわね。」
隣の夫に言うと、
「ヨーロッパでラグビー観たら、きっとこんな感じなんだろうな。」
彼もいつもと違う雰囲気を感じ取っていました。
「国が経済危機で大変だっていうのにスゴいよな。あんまり関係ないのかな?」
まさに、私も同じことを考えていました。


             (典型的なアイルランド・サポーターたち→)

NZとアイルランドはともに人口400万人超の英連邦に属する小さな島国。どちらも牧畜業が盛んで、緑の丘陵がどこまでも続くのどかな風景が広がる国・・・・(のはず。アイルランドには行ったことがありませんが)しかし、両国に共通するのはそれだけではありません。どちらも対外債務、海外からの借金が非常に多いのです。逆に言えば、国内にお金がない、とも言えます
^^

2007年のアメリカのサブプライム問題に端を発した金融危機は翌年のリーマン・ショックで一段と悪化。その中でアイルランドでは膨らみきっていた不動産バブルが弾け、住宅市場に貸し込んでいた三大銀行は膨大な不良債権を抱えました。

「このままでは金融システムが崩壊する!」
ところで、国が国内銀行のほとんどの債務を保証したため、今度は財政が急激に悪化。2010年の財政赤字は対GDP比で約30%に達し、2010年にはEUと国際通貨基金(IMF)に支援を要請し、「ケルトの虎」と呼ばれたEUの優等生は、一気に転落してしまいました。

EUでソブリン危機が懸念された国は、当初PIGS(ポルトガル、イタリア、ギリシャ、スペイン)だったのに、いつの間にかPIIGS(+アイルランド)と
Iが2つになっていました。財政破たんは免れたものの、まだまだ厳しい状況にあるアイルランド。国民みんなで「忍の一字」なのかと思っていたので、楽しそうな緑の軍団の包囲網はやや意外でした。NZに移民している人も大勢いるでしょうから、皆が皆本国から来たわけではないにしても。

その時、夫が隣に座っていた友人から耳打ちされたのは、
「オージー(オーストラリア人)はボックス席(スタジアム階上の特別席)にたくさんいるけど、アイリッシュは安い席に多い。」
という鋭い洞察!なるほど、これには思わず唸ってしまいました。確かにゴールポスト裏にはたくさんのアイルランド旗が翻り、緑の服や派手なコスプレが目立っています。

片や見上げる高さのボックス席には、レモンイエローのレプリカジャージを着込んだオージーの一群が見えます。何百人という数です。下からでは4、5階ほどの高さにあるボックス席の後方までは見えないので、もっといるのでしょう。ワールドカップのレプリカジャージは1万円以上するので、これだけの人が揃いで着ているだけでも懐具合がわかるというもの。オーストラリアは経済先進国の中で、リーマン・ショックを経ても唯一リセッションに陥らなかった国です。今回の金融危機に限って言えば、オージーは世界最強でした。

私たちの席はボックス席でもゴールポスト裏でもありませんでしたが、ゴールポストの立つトライライン近くでした。距離も気持ちも黄色の軍団よりも緑の軍団に近かったといえます。派手なコスプレや帽子で目立ち、飲んで歌って、大声援を送りながらも、どことなく素朴で礼儀正しい、見慣れぬ人たち。私はいつしか試合よりも、チームカラーそのままの美しい緑の瞳をした人たちに気をとられていきました。(つづく)

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「マヨネーズ」
第7回ラグビーワールドカップがNZで始まりました。日本ではワールドカップが始まっていることすらニュースになっていないようで、8年後の2019年は日本がホスト国になるということは、もっと知られていないのでしょうね^^

西蘭みこと 

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