「西蘭花通信」Vol.0561   経済編 〜不動産チャチャチャ:375ドルU〜       2012年4月3日

鬱蒼と茂る樹木の間を抜けて広い通りに戻ると、なんだかほっとしました。ほんの百メートルほど、クルマだったら一瞬の時間のはずなのに、私にはその私道が不気味でした。映画「千と千尋の神隠し」の冒頭で、引っ越してきた一家がクルマに乗ったまま道に迷い、神隠しに遭うシーンが自然と思い起こされました。アニメという極端にデフォルメされた状況がピタリとくるほど、不思議な空間でした。

「いいじゃん、いいじゃん。」
ハンドルを握りながら意気揚々の夫。初日から家賃収入があるという点が特に気に入ったようです。売値も人気エリアにしては割安で、ほぼCV
(Capital Value:各自治体が固定資産税の算出のために出している不動産評価額)並みでした。交渉すれば、さらに下がりそうな感触も受けました。

CVにプレミアムを付けようとしないこと自体、早く売ろうとしている証拠でしょう。不動産屋が間に入れば彼らは自分たちのコミッションを確保するために、CVに上乗せした金額を提案してくるか、もっと費用のかかるオークションを勧めてきます。そうなると例え高値で売れても時間がかかり、コミッション差し引き後に売主の手元にいくら残るかは売値次第になります。急ぐのであれば不動産屋を通さず、その分、安く売るのも手です。

「あの2人は夫婦だったのよ。」
「まさか!」
私の一言に夫はすぐに反論しました。しかし、私は確信していました。広告の番号に最初に電話をしたのは私でした。不動産屋を介していなかったので売主が出るだろうと、携帯ではなく自宅の番号に電話を入れ、
「広告を見てお電話しているのですが、あなたの物件(ユア・プロパティー)を・・・・」
と言いかけると、
「イッツ・ノット・マイ・プロパティー(私の物件じゃないわ)、マイ・エックス・パートナーズ・プロパティー(前夫もしくは元彼の物件よ)」
と言葉を遮られました。

そのぶっきらぼうさ、不機嫌さは、まさにリビングにいたクリッシーのイメージ通りでした。
「私には関係ないから彼のオフィスに電話して。」
と言われた別の番号に電話を入れると、物静かなリチャードが出てきました。
「どうしてこんなにややこしい関係の人の番号を、広告に載せたのかしら?」
と思いましたが、電話はまさにあの家のものだったのでしょう。

この国では通常、離婚すると財産を二分しなければならないので、リチャードは自分名義の家を売り、売却代金の半分をクリッシーに払わなければならなかったのでしょう。離婚による不動産の売却が、金額よりも早さを重視しがちなのはそのためです。リチャードは手数料がかかる不動産屋を通さず、知人にあまり知られることなく、一刻も早く家を処分したかったのではないでしょうか。実は今住んでいる私たちの家も、離婚した夫婦から不動産屋を通さず直接買った家でした(離婚の件は引っ越してから知りました)。

NZには片親向けの手厚い生活保護もあり、シングルマザーが学業に戻るとなれば、さらに国からの支援を受けることができ、低所得者のための家賃補助の対象にもなるはずです。それでも無職の身で週375ドル(1NZドル65円換算で約2万4000円)を出すのは、かなり大変なのではないかと思われました。家が売れても住み続けることができたら、家賃補助とリチャードの負担で、375ドルを払おうとしていたのではないでしょうか。

そう思ったのは、売主が現在のテナントのことを買い手に頼むことなど、まずなかったからです。普通は家の売却に合わせて、それまでの賃貸契約が終了するよう話がついているものです。しかし、リチャードは遠慮がちながら、クリッシーと子どもたちがここに留まれるよう打診してきました。夫婦としては終わっても親子に終わりはないはずで、私は眼鏡の奥の彼の目を「本気だ」と感じました。


      (どのお宅でも子ども部屋には顔がほころんでしまいます。
                          本文とは関係ありません)


「この家はやめましょう。割安だし、長く住んでくれそうなテナントもいて、投資にはいいように見えるけど、なんだか気が進まないわ。あのドライブウェイ(私道)もね。なぜか気持ちがざわついて、寛げない家だったの。自分がそう感じるってことは、他の人もそう感じるんじゃないかと思って。なにか風水に問題があるのかしら?」
この手の話になると、夫は驚くほど私の意見を尊重してくれます。
「ボクにはそういうの、よくわかんないからな〜」
と言いながら・・・・

話を進める気がないのであれば、早々に伝えるのが礼儀でしょう。リチャードに連絡をとり、
「あるオークションが2週間先にあり、やはりそちらを待つことに決めたので、他の人との話を進めてほしい。いいテナントもいるし、きっとすぐに話が決まるでしょう。」
と伝えました。オークションの話は本当で、その時点ではそれが私たちの第一志望でした。

2週間もしないうちにリチャードの物件はネット上から消え、無事売却できたようでした。クリッシーと子どもたちがどうなったのか知る由もありませんが、どこにあっても、あの子ども部屋で感じた寛ぎが、いつの日も彼らの家を満たしているよう祈っています。

===========================================================================
「マヨネーズ」
あの家の風水に問題があるとしたら、間取りよりも地形だったのではないかと思います。興味深いことに、戦後から60年代ぐらいまでの古い家は造りが単純なせいか、間取りに風水上の問題を感じることは少ないのですが、1軒1軒が違う手作りのような戦前の家や、最近のタウンハウスでは、「えっ?」と思う家もあるように思います。

そんな体験を綴ったメルマガもありました。よろしかったらご覧下さい。
未完の家
 
未完の家U
吉宅凶宅U


西蘭みこと 

ホームへ