「西蘭花通信」Vol.0563 経済編 〜不動産チャチャチャ:オークション中継〜 2012年4月14日 時間は平日の夕方。場所は海岸近くのカフェ。道路に向けてオープンになった店には3、40人が集まっていました。ビシッとスーツを着込みカフスボタンがギラギラした男性、チワワ連れのマダム風な女性、ジョギングウェアの老夫婦、うろちょろする小さな子どもたちをたしなめるTシャツに短パンの若い夫婦と、ぱっと見にはなんのために集まったのかよくわからない、年齢も服装もバラバラな人たち。 不動産のオークションは通常、物件の目の前の路上や庭で行われるものと、別に会場を設けて、何軒かの物件をまとめて行うものと二通りあります。今回は後者でした。時間になるとポマードで髪を光らせた恰幅のいいオークショナーが登場し、滑らかな淀みない口調で、ざわつく会場を独特の雰囲気に包んでいきます。すぐに皆が彼の一挙手一投足に注目し、軽いジョークにも反応するようになりました。こうなったら場は彼のものです。 さぁ、レッツ・ゴー! 初っ端の高級マンションは億ションでした。CV(Capital Value:各自治体が固定資産税の算出のために出している不動産評価額)は150万ドル(1NZドル65円換算で9,750万円)。CV割れからスタートした競りはすぐにCVを超え、5万ドル刻みで上がっていきます。この辺は助走のようなものです。CVを超えるとペースが落ち、慎重な雰囲気が漂います。 「160万、160万、160万・・・あと5万ドルで、ドリームホームがあなたのものになるかもしれないこのチャンス!」 「5万ドル、5万ドル、1日たったの100ドル!」 「1年って500日もあったっけ?」 と心の中でツっこみを入れながら、思わずクスクス。緩急を入れながら、緊張と笑いの綱渡り。オークショナーの腕の見せ所です。やっと165万がつき、不動産屋の担当者が売主とみられる、初老の男性のもとに屈みこんで話しています。渋い表情の売主は思ったより値段が上がらず不満のようです。今度は担当者が165万をつけた中年のビジネスマンのところに駆け寄り、話しこんでいます。他に札が入らない以上、最高値をつけた彼に粘るしかありません。 「168万!」 担当者が買い手に代わって叫び、オークショナーが、 「はい、ありがとうございます。168万、168万、168万、168万・・・」 とお経のように唱えて場をつなぎます。担当者は再び売主のもとに戻って二、三言囁き、直後にオークショナーにサインを送りながらうなずきました。 「オン・ザ・マーケット!」 オークショナーが一段と高い声で叫びました。場内に「あー」とも「おー」とも聞こえる、安堵のため息がもれました。 オン・ザ・マーケットとは、価格が売主の売却希望価格を超えたということで、ここからはいくらであっても競りが成立します。けっきょく、物件は168万ドルで落札されました。状況から察して、希望価格はもっと高かったのでしょう。しかし、買い手が1人しかいないため、これ以上は引っ張れないと判断した不動産屋が売主を説得し、165万をつけていたビジネスマンにはもう3万ドル勉強してもらい、168万で決め打ちしたようです。 次の2軒はともにタウンハウスと呼ばれる、ここ20年以内に建てられた物件でしたが、いずれも競りは盛り上がらず、売り手の希望価格に達することなく流れてしまいました。最後は3軒がつながったユニットと呼ばれるレンガ造りの物件の1軒で、CVは40万ドル。 「ファースト・ホームまたはラスト・ホーム(隠居先)に理想の物件、さぁ、35万から行きましょう!35万、35万、ハイ、そこ37万、37万、37万・・・・」 2軒が流れた事実を払拭するように、オークショナーの明るい声が場内に流れ始めました。 「ハイ、39万、39万。電話で参加されている方から札が入りました。39万、39万、理想のマイホームが39万・・・・」 ニコニコしながらもオークショナーの鋭い視線が場内をサーチライトのように行き来しています。居合わせた人たちもキョロキョロして、他に買い手がいないか探しています。その時、 「40万!」 というオークショナーの声が響き、大台がつきました。誰もが40万の主を探そうとさらにキョロキョロしています。 聞こえないほどささやかだった声の主は、若いアジア人の青年でした。彼は母親に付き添われています。親子で住む家を探しているのでしょうか。担当者の女性が彼の傍に行き、囁きかけています。 「40万、40万、40万・・・・この値段だったらお買い得。40万、40万、40万・・・・なかなか出ない良好な2部屋物件・・・・」 さらにオークショナーが誘います。 「41万!」 第三者からもう一声掛かりました。担当者は屈み込んで青年と話していましたが、青年は首を振るばかりです。40万が限界なのでしょう。 「42万!」 受話器を持って電話での参加者と話していたスタッフが声をあげました。 (隣の家との距離やお互いの窓の位置で、プライバシーの印象もずい分変ります。この裏庭は広く理想的でした→ 写真は本文とは関係ありません) 「42万、42万、42万・・・」 オークショナーの声が一段と高まります。担当者は第三者のところに移動し42万以上を付ける気があるか確認したものの、ここでも首を振られ、最後にオークショナーの正面に座っていた若いカップルの脇に屈んで話し始めました。 その2人が売主なのでしょう。彼女はすぐに受話器を持つスタッフのもとに駆け寄り、囁いています。42万では売主の希望価格に達しないようで、スタッフが電話の主と話すや、 「42万1千!」 と声を発し、場内に笑いが漏れました。他に競う相手がいないのですから1万ドル刻みの必要はありません。 担当者のアイコンタクトでオークショナーが、 「ファースト・コール」 と叫び、競りが終盤を迎えました。他に声をあげる者はおらず、「サード・コール」となって、物件は電話の主が落札しました。 西蘭みこと ホームへ |