「西蘭花通信」Vol.0580   経済編 〜不動産チャチャチャ:アニキの家V〜      2012年7月8日

アニキの広告をネットで目にしたときから、
「モーゲージー・セールかな?」
と思っていました。モーゲージとは住宅ローンのことで、返済に行き詰った物件を売却することをモーゲージー・セールと言い、銀行が担保物件を競売(けいばい)に掛けるものから、所有主が自主的に売却して現金化し銀行に残高を返済するものまで、幅広くを指します。

アニキの場合は後者でしょう。銀行に指示されたのか、自分で決めたのかはわかりませんが、いずれにしてもお尻に火が付き始めたのではないでしょうか。アニキの広告の写真をみたとき、
「物件価格に対して内装にカネをかけ過ぎている。」
と思いました。パっと見で物件価格の半額近くを費やしたのではないでしょうか?趣味の家として自宅にするのであればいくらかけようが構いませんが、売りに出すとなると話は違います。買い手が内装費用を上乗せした割高な金額に納得しないことには売れません。

この手の凝りに凝った内装の家が改装途中で力尽き(=カネが尽き)、中途半端なまま、
「やることはやった、後は買い手のお好きなように」
など、ハチャメチャな宣伝文句で売りに出ていることもあります。こうなるとややこしいことこの上なく、買い叩かれてしまうわけです。アニキは2部屋物件の1室にカップルのフラットメイトを入れ、改装前のもう1軒も友だちに貸し出して返済の足しにしていましたが、1軒目の改装が終わったところで力尽きたようです。

アニキにいくらの収入があり、どれぐらい頭金を入れたのかは知りようもありませんが、話の内容と「3、4年前に買った」という購入時期からして、
「よく2軒分もローンがついたな。」
と思いました。改装費用も借りているというのですから、かなりの確率で借り入れ額が担保価値を上回っていそうです。
「どんな審査基準だったんだろう?どこの銀行だろう?」
と思わず、そっちに興味が行ってしまったほどでした。

リビングとデッキの境を取り払い、全面ガラス窓にするためには市の認可が必要です。その点を問うと、
「そういうのは気にしなくていいんだ。」
3軒長屋なので、庭は特別な条件がない限り共有地のはずですが、アニキは奥2軒を所有したのをいいことに、裏庭に敷石を敷いてパティオのように造りかえていました。
「裏庭は共有地でしょ?」
と尋ねると、
「手前の家にはヘンな男が1人で住んでて、アイツは相手にしない方がいい。ヤツはこっちまで来ない。」
と、いずれも返事なっていませんでした。

鼻息荒く強気なこと言いつつも、アニキは逐一こちらの反応をうかがっていました。思うように家が売れず、困っているのでしょう。自分で売ろうとしているのも不動産屋の手数料を節約するためで、
「ヤツらに5万
(約330万円)も払うんだったら、自分で売った方がいいよな。こうやってジャンジャン人が見に来んだぜ。」
とも言っていました。

しかし、これだけ勝手に手直ししたややこしい物件となると、おいそれとは手が出ません。それは仲介に立つ不動産屋にとっても同じでしょう。キッチンの水道の位置なども許可なく移動させている可能性があります。勝手に直した家は売るときに苦労します。さらに賃貸物件として第三者に貸し出すとなったら、裏庭の扱いや駐車場の正確な位置をはっきりさせることは不可欠です。

NZではタウンハウスに多い雨漏り物件や、土地を所有できないリース物件でない限り、住宅が売れないとしたら、その理由は99%、価格設定のはずです。勝手に手直しした物件でも、安くして買い手が価格に納得すれば売れてしまうものです。聞きたいことはだいたい聞いたので、最後にオファー価格という売り手の希望価格を尋ねてみました。

「ここは65万以上。隣は40万だ。」
「2軒で100万以上ってことね。」
「あぁ、それぐらいの価値は絶対ある。」
「でも市のCV
(Capital Value:各自治体が固定資産税の算出のために出している不動産評価額)はどちらも30万台よね?」
と言うと、
「また、市かよ?」
と、うざったそうな顔をしながら、
「アイツらは中も見ないで、勝手にCVを決めてるんだ。オレがいくらかけたのか知りもしないくせに。」
と吐き捨てるように言いました。市の認可を受けずに工事をしていたとしたら、市はそれをCVに反映しようがありません。

年明け以降、不動産市場が回復しているとはいえ、この手の物件でCVに100%近いプレミアムを付けるのはいくらなんでも無茶でしょう。65万ドルも出すなら、この付近で長屋ではなく戸建物件が買えます。
「残念だけど、うちの予算ではムリだわ。」
と言うと、笑顔が消え、
「けっ、65万も出せねぇのか。チンケなヤツ!」
と言わんばかりに、路上で私たちのクルマをチラリと見たときの視線が戻ってきました。私はその視線に笑顔で応え、真っ白なリビングを後にしました。

     (また他を当たりましょう。写真と本文は関係ありません→)

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「マヨネーズ」
外に出ると、
「あれがアニキが乗ってきたクルマだよ。」
と夫が教えてくれました。助手席の私からは見えない位置でした。商用車の白いバンでボディーには「ウィンドウズ」という社名と、マイクロソフトのロゴに似たロゴが印刷されています。どうやらアニキは窓屋かガラス屋に勤めているようです。
「オレは窓にはこだわりがあるんだ。」
と言っていたのを思い出し、思わず笑ってしまいました。

ガールフレンドの妊娠は作り話か、本当であっても家を売る本当の理由ではなかったのでしょう。その後、3ヵ月ほど経った頃、アニキの家の広告はネットから消えました。

西蘭みこと 

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