「西蘭花通信」Vol.0583   経済編 〜不動産チャチャチャ:不動産屋の憂鬱〜   2012年7月15日

「あー、そこに名前と電話番号を書いてって。」
初老の男性の不動産屋は鼻眼鏡でiPhoneの画面をのぞき込みながら、顔も挙げずに言いました。言われた通りに記入しても、席を立つどころか顔さえ挙げず、
「適当に見てってくれ。」
と言わんばかり。2月から始めた物件探しで、ずい分オープンホーム(下見会)には足を運びましたが、こんなにヤル気のない対応は始めてで、なんとなく笑ってしまいました。

一通り見終わって戻ってくると、不動産屋は外で下見客の夫婦と立ち話をしていました。短パンにフリースにサンダル履きの若夫婦。子どもたちが狭い庭を走り回っています。下見客というより、オープンホームによくある、近所の人が見に来たという感じでした。下見は通常、土足禁止なので、玄関で靴を履こうとしてハッとしました。何足か無造作に脱いであったのはビーチサンダルや運動靴ばかりで、私のハイヒールだけがドアの脇に邪魔にならないように揃えて脱いでありました。

その日は下見のついでに「クリーニングに出そう」と思い、テーラードジャケットを持って行ったのですが、肌寒かったのでクルマから降りた時に羽織ってしまい、お気楽な土曜日の午後だというのに、私はカチッとしたジャケットにハイヒールという、低価格帯の小型物件の下見としては、やや浮いた格好をしていました。
(ミリオン単位の高額物件がどうなっているのかは、行ったことがないのでわかりませんが)

「投資物件をお探しで?」
玄関を出たとたん、笑顔にもみ手で迎えてくれた不動産屋。来た時の顔さえ挙げない態度とは掌を返したようです。
「えぇ。」
「この近くにお住まいで?」
(まず近所の冷やかしかどうかを確認)
「住まいは○○です。」
「それはいいところですね!」
(とひとまずヨイショ。我が家のエリアはごくごく普通の住宅街です)

購入の目的、服装や装飾品、できたら乗ってきたクルマまでチェックして、こちらの懐具合を探ります。こちらもニコニコしながら、売り手がどういう事情で売るのか、すでに別の家を買ったり離婚などで売り急いでいるのか、つまり価格の交渉余地がありそうかどうか、普通は不動産屋が明かしてはいけない個人情報を把握するために、相手の腹を探ります。まぁ、お互いどんな格好をしていても、キツネとタヌキなわけです。

「ここは賃貸にはいいですよ。今までも賃貸に出ていて、賃貸料もワルくないです。学区もいいし便利なところだから、すぐに子どもが小さい家族のテナントがつくんですよ。オーナーは海外で仕事をしていて、NZに戻って来るんですが、ここには戻らないで別に家を買おうとしてるんです。」
売却に特別な事情はないようで、この不動産屋、聞けば何でも答えてくれそうでした。

「ただ、ちょっと事情がありまして。」
「事情?」
「このリスティング(売却の注文)は私が取ったんですが、他の支店に所属しているエージェントが客を連れてきましてね。その客がオファー(正式な購入の申し入れ)を入れたんですよ。だから1週間は他の人に売却できないんです。」
と、浮かない顔で言う不動産屋。

NZの不動産屋は大手不動産業者の名刺を持ち歩いていても、そこに所属しているだけで、ほぼ全員が社員ではなく個人事業主です。広告を掲載したり、人脈を使ったり、個別訪問をしたりして、売り手を説得して自力でリスティングを取った後は、オープンホームやオークションで、売却を進めます。売却時のコミッションは売り手からのみ受け取るので、買い手が見つからなければタダ働きです。コミッションは所属先の不動産会社と山分けします。

私たち夫婦も何年か前に不動産販売員のコースに行き資格だけは取ったので、この業界にとり、
「リスティングが全て!」
と言っても過言ではないことは承知しています。物件さえ良ければ正直な話、不動産屋が誰でも売れてしまいます。オークションがいい例でしょう。不動産屋の記憶にないような人が落札したりもします。そのやっと取ったリスティングに他のエージェントが横入りしてくるとは、それだけでこの不動産屋の浮かない表情の意味がわかります。

「うちの会社は他の支店からこういう申し出があったときに、断っちゃいけないんですよ。もしも他の支店が売ったらコミッションは折半。こんな話ってありますか?私が取ってきたリスティングなんですよ。他の支店のヤツはただ客を連れてくるだけでコミッションがもらえるなんて。まったく馬鹿げた話ですよ。なのでオファーをお出しになるなら、1週間後にお願いします。」

彼は一方的に話し終え、やや背中を丸めて家の中に入っていきました。けっきょく、その物件は数日後に売却が決まり、あの不動産屋はコミッションを折半したのでしょう。売れなかったらオファーを入れてみるつもりだった私たちですが、ご縁はありませんでした。また仕切り直しです。



(「いいなぁ」と思っても高すぎたり、この時のように売約済みになってしまったり、なかなか一筋縄ではいきません。これも「理想の家」にたどり着くための道程なのだと信じて、ひたすら平常心。写真と本文は関係ありません)

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「マヨネーズ」
売買のコミッションは売り手が払うので、不動産屋が売り手のために働くのは当然の理です。買い手が「オレは客だ!」とふんぞり返っても、不動産屋にとり本当の客は売り手なのです。
「NZの不動産売買ではこの点をしかと押さえておく必要がある。」
と思うほど、彼らの態度は時として露骨だったりします
^^

西蘭みこと 

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