「西蘭花通信」Vol.0587   経済編 〜不動産チャチャチャ:不動産屋の女たちU〜 2012年7月31日

「さぁ、入って入って。椅子が足りるかしら?」
家に招き入れられるような気楽さで、勧められるままに座った椅子は三人三様でした。賃貸専門の不動産業者のリディアが一番立派なアームチェア。私のは事務椅子。夫のはその辺に畳んで立てかけてあった丸椅子。そんな細かいことには一切お構いなく、リディアは弾むような声で、
「今日はどんなご用件で?」
と、話を進めていきます。

「8年ほど前に移住してきた時、こちらで家を賃貸してたんです。担当はシャノンでした。」
「あらそうなの。どこの家だったの?」
角の家だったので面していた通りの名前を言うと、すぐにわかりました。
「あぁ、あれはいい家よ。うちが管理して10年以上になるわ。」

(当時の借家→ 「ミセス・ダレカの不思議な家」として一世は風靡しませんでしたが、このメルマガではちょっと有名になりました(笑)
当時のエピソードはリンクからどうぞ)


ミセス・ダレカの不思議な家
ミセス・ダレカの不思議な家 その2
ミセス・ダレカの不思議な家 その3
ミセス・ダレカの不思議な家 その4
ミセス・ダレカの不思議な家 その5


「そうなんですか。本当にいい家で私たちも気に入っていました。その後、あまりにも気に入って、似たような家を買ったんです。今回は投資目的で2部屋物件を買おうと思っていて、いろいろうかがいに来たんです。」
と、告げました。

「それはいいことだわ。歳をとってから年金だけで暮すのは大変よ。今のうちから準備しておくのは感心だわ。不動産はいいわよ。買うのも、持つのも、直すのも、何でも楽しいでしょ?私も前は何軒も持っていたものよ。とにかく私たちは、不動産が好きで好きでしょうがないのよ!」
カラカラと高らかに笑う初対面のリディアは話の内容からして、65歳からもらえる国の年金をすでにもらっているのでしょう。

この不動産屋はNZでは数少ない賃貸専門業者で、社長のシャノンも従業員も全員女性です。メルマガで連載した「ミセス・ダレカ」の家はここの紹介でした。あれから8年経って、今度は貸す方の立場になって戻って来たことに、月日の長さを実感しました。しかし、オフィスの雰囲気やテンション高めの女たちの集団は十年一日でした。

「2部屋物件はワルくないわ。需要が高いのよ。3部屋になるとテナントは家族に限定されるけど、2部屋だと1人でも、カップルでも、友だち同士でもいいし、子どもが小さければ家族からも需要があるわ。戸建でもユニット(長屋の1戸)でもいいけど、ユニットだったら上の階にしなさいね。下の階は上の階の音で苦情が来ることがあるの。」

「それから、ユニットなら管理組合のないものを選びなさいね。組合なんてたいしたことしないのに、組合費だけはしっかり取るでしょう?けっきょく割高なのよ。そんなお金があったら、私たちに任せて!修理でも芝刈りでも改装でも、何でも手配するわよ。」
と、リディアはまたカラカラ笑いました。

「テナントの身元調査は、徹底的にやるわよ。この間も立派な身なりの女性が来て家を借りたいっていうんだけど、調べてみたら、その人、過去に自己破産してたの。もちろん断ったわ。彼女のせいなのか、経営していた会社が倒産したのかはわからないけど、そういう記録のある人は受け付けられないのよ。前の大家からの紹介状を要求するときもあるし、過去に公共料金や債務の未払い記録がないかも調べるわよ。」

「自分でネットに広告を出してもテナントは見つけられるでしょうけど、どうやって彼らの身元調査をするの?みんな初対面はフレンドリーでいい感じなのよ。そのまま上手く行けばいいけれど、家をキレイに使わなかったり、知らないうちに又貸ししていたり、家賃が未納になったりしたら、どうする?彼らを訴えてしかるべき補償を勝ち取ったり、追い出したりできる?素人じゃ無理よ。」

賃貸市場のことを聞きに来たつもりが、押しの一手のセールストーク。すでに物件を購入していたら、彼女の勢いに魔法のように飲まれ、言われるがままに契約書にサインをしていたかもしれません(笑) 彼女の話は徹頭徹尾、不動産に対する絶対的な愛と自信に漲っていました。「不動産が好き!」この熱い想いがビジネスになっているなんて、ある意味なんて幸せなことでしょう。

テナントの紹介料は無料。彼女たちが好条件の人を選びます。手数料は家賃の特定比率で消費税も加算されるため約9%。安くはないですが、テナントと顔を合わせることなく、毎月か2週間ごとに手数料差し引き後の家賃が自分たちの銀行口座に振り込まれ、修理だ、トラブルだと言えば彼女らが駆けつけ、業者を派遣したり、関係機関に訴えたりして問題を解決します。高いと言えば高いですが、楽と言えば楽です。

「実際に管理してみるとわかるわよ、いろいろあるんだから。家賃の支払いに遅れがないか毎週チェックして、家賃を3、4ヵ月ごとに見直して市場価格より安かったら値上げして、年に4回キレイに使っているか見に行って、何かあったらすぐに駆けつけて手を打つの。そんなの全部自分たちでできる?みんな仕事や自分の生活で忙しいでしょ?私たちに任せなさい。何十年もやってきたプロなのよ。まずはいい物件を見つけることね!」

小柄なリディアに背中を押され、ポカーンとしたままオフィスを出た私たち。今度再訪するときは手ぶらでは戻れなそうです(笑)(つづく)

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「マヨネーズ」
「あっ!デイブのおばあちゃん。」
クルマで走っていると、今しもオープンホーム(下見会)を終えて、不動産屋のロゴが印刷されたのぼりをクルマにしまっている70代の女性。デイブは善(15歳)の小学時代の同級生でした。私たちも自宅を探しているとき、一度お世話になりました。彼女もまた生涯現役の「不動産屋の女たち」の1人です。
西蘭みこと 

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