「西蘭花通信」Vol.0591  経済編 〜不動産チャチャチャ:モーゲージー・セール〜    2012年8月11日

「あっ、この家!」
今や日課になっている不動産サイトでの物件チェックをしていると、見たことのある物件が出てきました。落ち着いた色のタウンハウス。立地は小中高ともに人気校の学区にあたる、私たちが勝手に呼んでいるところの「三冠王」でした。通常は人気の学区以外の物件よりも割高になるはずの物件です。

しかし、広告のタイトルはズバリ、「モーゲージー・セール」。単刀直入な宣伝文句からして、住宅ローンが払えなくなり、担保として差し入れていた家を金融機関が競売(けいばい)に掛けようとしているのでしょう。以前のメルマガ〜不動産チャチャチャ:アニキの家V〜で触れたように、モーゲージー・セールには金融機関の競売と物件の所有者が自主的に売却して現金化するものがあります。

後者の場合は、普通の売買に紛れてしまうので、所有者が目的を明かさない限り、買い手は知りようがありません。しかし、アニキのように話の途中でポロリと本音を漏らしたり、買ってから1、2年しか経っていない、改装の途中など、あまりに売り急ぐ様子から、「モーゲージー・セールか?離婚か?」と察する物件に出会うこともあります。

タウンハウスと呼ばれる90年代以降に建てられた家は、設計や建築方法の問題で「リーキーホーム」と呼ばれる水漏り物件が多く、私たちは物色の対象にしてきませんでした。
(何年も経ってから雨漏りや水漏れが始まるものも多く、リスクが高いのです)しかし、モーゲージー・セールとなったその物件は、たまたま下見に行った別の物件の2、3軒先だったので、道からチラリとのぞいてみました。変わった入り口が印象に残りました。

家を見てから数週間後にオークションに行ったとき、すぐ隣に幼稚園児ぐらいの子ども2人を連れた若い夫婦が来ていました。子どもたちは物珍しさから何度たしなめられても歩き周り、片時もじっとしていません。そんな姿が愛らしく、思わず笑みがこぼれてしまいました。
「一家でファミリーホームを探してるのかな?お目当てはどの物件なんだろう?」
と思いました。

そうこうするうちに競りは進み、スクリーンに大きく映し出された家は、入り口に特徴のある、あのタウンハウスでした。
「あっ、この家!」
思わず夫に囁くと、夫もうなずきました。
「そうか、この不動産屋の物件だったんだ。」
と思い出しました。私たちが下見に行った近所の物件は別の不動産屋で、この家のことはすっかり忘れていました。

「理想の学区の理想の物件。フルフェンスでペットや小さいお子さんにも安心。子育てには最高の環境。ローメンテナンス(芝生や花壇がなく手入れの要らない庭)で忙しいファミリーには打ってつけ!」
と、オークショニアが歌うように宣伝文句を並べています。
「CV
(Capital Value:各自治体が固定資産税の算出のために出している不動産評価額)は62万。このエリアでこの物件、この価格ならお買い得。さぁ、初値をどうぞ。」

オークショニアが黙ると、30人はいたはずの会場が、水を打ったように静かになりました。その明暗は息を飲むほどでした。タウンハウスの相場には詳しくないものの、この学区で3部屋のバス・トイレ2ヶ所、2台分のガレージの家となったら、
「そんなに高くないのでは?」
という気がしました。しかし、誰も声を上げません。オークショニアが気まずさを払拭するように、ニ三言付け加えると、
「55万!」
やっと反応がありました。

CV割れです。オークショニアは一瞬怯んだものの、すぐに場を取り繕い、
「初値をありがとうございます。他にはいかがでしょう?」
と、煽っています。しかし、追随する者はおらず、オークショニアは口を動かし続けながらも目で担当者を追い、指示を待っています。


(リーキーホームの問題があるので、私たちの物色対象は1960年代までに建てられた家に限定しました。1960年代の典型的なレンガと瓦屋根の家→ 
本文とは関係ありません)


その時、担当者と思われるスーツ姿の男性が私たちの方に向かってきました。
「えっ?」
と思った瞬間、私の脇にしゃがみこみ、子ども連れの若夫婦と話始めました。神妙な表情がチラリと見えました。
「そうか、この人たち、売りに来てたのか!」
すぐに担当者がサインを送り、パストイン(見送り)。競りは流れてしまいました。値段が付かずに流れることはそれほど珍しくありませんが、当事者に立ち会ってしまうと言葉を失います。

CVから1割も下げたところでやっと1人が手を挙げたという、この現実。オークション流れの物件は通常「プライス・バイ・ネゴシエーション」(価格応相談)と書き換えられて、再び広告を出します。それでも売れなければ、特定の価格を提示して買い手を募ります。こうしてオークション流れの物件はズルズルと値を下げていってしまう可能性があります。

あれから4ヶ月。若夫婦はとうとう家を金融機関に取り上げられてしまったのでしょう。金融機関にとってもローンの組み換えなどあらゆる手立てを尽くしての最終決断だったはずです。競売は誰にとっても最も避けたい最終手段です。その間の夫婦の葛藤、何も知らない子どもたちの笑顔を思うと胸が塞がる思いです。状況から察して、ここで家が売れても残高を一掃することはできず、ローンの一部が残ってしまうことでしょう
(だからこそ若夫婦は売値にこだわったはず)

1日も早く苦境を抜け出し、一家に笑顔が戻りますように。

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「マヨネーズ」
これもまた不動産購入を巡る現実の一つです。「ローン地獄」という言葉がピッタリ当てはまる状況かとも思います。しかし、それを恐れて一生家賃を払い続けると、NZは不動産が値上がりしているので、持ち家と比べて大きな出費を強いられてしまいます。

西蘭みこと 

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