「西蘭花通信」Vol.0602  NZ・生活編 〜巣立ち〜                          2012年10月6日

風の強い日でした。NZの春先は風が強いことが多く、咲いたばかりの花々が「ここで散ってたまるか」と踏ん張っているように見えるほどです。長男・温(18歳)はそんな春らしい日に、北へ北へと飛んで行ってしまいました。18年7ヶ月と2週間。明るい日差しの中、一緒に暮らした日々が終わりました。

3月末に名古屋大学の合格が決まってから早半年。本人はその間にオークランド大学商学部の前期を終え、ケンブリッジ大学が主催する英語を母国語としない成人向けの英語教師資格、CELTA(Certificate in English Language Teaching to Adults) の10週間コースを終了し、自動車の普通免許も取り、親子で思いつくことは全部やって巣立っていきました。

私たち親は二手に分かれ、日本への付き添い役となった夫は住民票の作成やら運転免許の書き換えやら日本の生活のスタートに向けての事務手続きの準備に入り、私は時間を見つけては、調理を筆頭に独り暮らしに必要な家事全般を教えていました。しかし、本人は大学やコース、さらにアルバイトに忙しく、その気はあっても予定が狂うことが頻繁でした。

何をしても、何を教えても、「時間がない」「まだ足らない」と思うことばかりでしたが、後ろ向きになっても始まりません。
「とにかくできるだけのことをやろう!」
と気持ちを前向きに切り替えて、「できることから」「少しずつでも」と、ちびちびちびちび牛歩のごとく、独り暮らしの知恵を伝授しました。けっきょくのところ、どんなに教えても準備をしても、
「これで完ぺき!」
というものはないのでしょう。

温と夫はまず香港に飛びました。温にとって香港は生まれ故郷。日本より良く知った場所です。18歳になったので香港のIDカード(身分証明書。私たちは香港の永住者でもあります)を成人用のものに作り変えました。これさえあればパスポートなしで香港に入境でき、その日から住もうが働こうが香港人同様に生活することができます。香港とNZの永住権は親として子どもに贈ることができた、数少ない贈り物だと思っています。

恩師や友だち一家と旧交を温め、いざ名古屋へ。すでに同じフライトに新入生が数人搭乗しており、空港には先輩のお出迎え。本人はそのまま留学生と海外組の日本人専用の寮に入寮し、いよいよ独り暮らしが始まりました。2日間は夫が買い物だ諸手続きだと付き合いましたが、あとは本人任せです。寮生活が始まってすでに2週間が経ちました。

ちょうど夫が名古屋を発った日に温から届いた初めてのメール。「初めての自炊」というタイトルで、「ママへ」から始まる日本語でした。
「今夜は初めての自炊でうどんと味噌汁を夜作りました。出汁パックを使い、クリアスープうどんにしました。具はシーフードミックスともやしでした。ほうれん草を入れたかったけど、売れきれてました。」

小さなキチネットに立ち、独りでうどんを煮ている姿を想像したら胸が熱くなりました。温は本人の意思で1年ほど前から肉食をやめてしまいました。私は元来できる限り化学調味料を使わない主義だった上、NZに来てからは「ほんだし」などにアレルギー反応を起こすようになってしまいました。そのため、我が家の調理は出汁を作るところから始まるので、温は「味の素」や「コンソメ」、インスタント食品の手軽さをほとんど知りません。独り暮らしを始めるにあたり、私が一番心配していたのが何かと制約の多い食事でした。

「今夜は冷やっこを作るつもりです。炊飯器も届いたので、スーパーで買った煮豆と一緒に、昨晩の味噌汁と食べます」
「おとといはお好み焼きを焼きました。昨晩はほうれん草ツナのチーズがけで、今夜はガレットを焼きました。グリーンスムージーも毎日飲んでます。ランチもおにぎりを持っていってます。」
時々届くメールには作った料理が細かく書いてあり、写真も添付されてきました。母の心配は杞憂でした。
                    
                   (こういうものを作っているようです→)


「もうこの子には教えることがない」
と感じたのが、12歳直前の7年前。。"子育て期"から"子育つ期"になるという直感はその通りになりました。 かといって、その後が順風満帆だったわけではなく、いろいろな紆余曲折のある「ガラスの十代」を地で行く時期もありました。けれど、その間でさえ自分で迷い、自分で決め、自分で切り抜けてきました。親は相談相手でしかありませんでした。

15歳の終わり、日本で言えば高校1年のときに「日本へ行く」と降って湧いたような展開になってからは軸足が固まり、迷いがなくなりました。ぶっつけ本番で臨んだ日本の高校受験に失敗してからは、さらに意思が磐石になり、日本の大きさ、求められるものの高さ、NZとは比べられない社会の厚みを実感したようでした。

あれから3年が経ち、身長も186cmになり、心身ともにすっかり成長しました。十分に育った羽を広げ、羽ばたいていくべき時が来ました。そして春風に乗って、本当に飛んで行ってしまいました。日本は秋でもこちらは春。庭のサクラの木を見上げながら、巣立っていくのにこれほど相応しい時期はないと思いました。一緒に過した年月はもちろん、我が家の長男としてこの世に生を受けてくれたことに、今はただ心から感謝するばかりです。

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「マヨネーズ」
「『すだち』って言ったら、柑橘のスダチ(酢橘)だよね。」
とさっそく夫にツっ込まれました。

すぐにリンク切れになってしまうでしょうが、コチラ で名古屋大学秋季入学式の動画がご覧になれます。ちなみに温は映っていません(笑)

西蘭みこと 

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