「西蘭花通信」Vol.0626  NZ編 〜裸の神々〜                         2013年6月16日

薄暗いステージの奥には鉄パイプが1本立っていました。かすかに焚かれたスモークが辺りに漂い、パイプを照らす天井から吊るされたような円錐形の光をゆっくりと撹拌していました。100席ちょっとと思われる客席はほぼ満席で、開演前の高揚を隠す押し殺した囁きが、かえってざわざわと耳に残りました。

鉄パイプは誰の目にもポールダンスのポールであることは明らかでした。男だけのダンスでポールがどう使われるのか。これからステージで何が起きるのか。観客ひとりひとりの頭の中をさまざまな妄想が横切っていったことでしょう。何もないステージの1本のポールというシンボルは場末の雰囲気を色濃く醸し出しながら、ただ静かに佇んだまま、脈絡のない物語を饒舌に紡ぎだしていました。

不意に灯りが消え、次の瞬間には降って沸いたかのように1人の人間がポールに寄り添っていました。五分刈りのごま塩頭。彫りの深い顔にはさらに人生の年輪が刻まれています。間違いなく1人の男でしたが、片耳の上には鉢巻のような長いヘアゴムで止めた大きな大きな花が飾られ、黒皮のミニスカートを纏っている以外、衣装はありません。鍛え抜かれた肉体には無駄がなく、年輪の刻まれた顔よりも一回り以上若く見えました。

NZを代表する舞踏グループ、オカレカ・ダンス・カンパニーによる「Kロード・ストリップ」はこんな風に始まりました。広告を目にした時は、
「ちょっと卑猥なマオリのダンス?」
ぐらいな軽いノリで、何の知識もないままチケットを買い、内容をネットで確認することもなく、無垢にして無知なまっさらのまま、おみやげ用のカラフルなパッケージのコンドームが置かれた客席に納まりました。

Kロードとはオークランドの目抜き通りクイーン・ストリートを上りきったところで交差するカランガハペ・ロードのことで、マオリの名前が白人には長すぎるとか、発音できないとかで、むかしからKロードと略されているようです。略称はまた隠語めいてもいます。Kロードには小さな店が軒を連ね、昼間は大勢の学生が買い物や食事で行き交うものの、夜になるとネオンが灯る店が多数あり、バーやビリヤード、アダルトショップにストリップとアンダーグラウンドな店、娼婦、男娼たちが目を覚まします。

そんなKロードの混沌としたイメージをダンスで表現したパフォーマンス―――こう言ってしまえば実にサラリとしたものですが、6人の男がKロードでのゲイ・ライフをダンスで、歌で、芝居で、語りで、これでもかこれでもかと小さなステージ上で浴びせるように、けしかけるように具現化していきます。あるときは叫びで、あるときは寸劇で、あるときは無言のダンスで、ゲイであることの愉しみと哀しみ、男と女の間で揺れ動く心とカラダが現されては消え、消えては現れます。

歌もダンスも素晴らしく、猥雑すれすれの微妙な題材にしっかりと食いつき、絡まり、アートの本領にまで押し上げていけたのは、そのクオリティーゆえといえるでしょう。6人の鍛えに鍛えた肉体はどんな表現もこなせる奥行きの深いもので、肉体だけで表現するワカ(マオリの舟)は5人が一体になって舟となり漕ぎ手となり左右に揺れ動き、ゲイのレイプシーンからポールダンスやストリップまで、存在の混沌さとは裏腹にすべてが崇高で美しく表現されていきました。

歌でダンスで彼らは瞬時に男と女を行き来します。真っ白なバスタオルで胸から下をしっかり覆い、恥ずかしそうにおどおどと内股で歩けば誰もが女に見え、同じタオルを腰に巻き胸を反らして堂々と外股で歩けば誰もが男に見えました。私たちの脳裏に焼きついている男女のシンボルを弄び、お手玉のように混ぜ合わせ、観客の混乱と完敗を笑いと感動にすげ替えることなど、彼らには朝飯前でした。

観ているうちに、彼らが風神や雷神に見えてきました。俵屋宗達のあの風神雷神図です。腰に布切れを巻いている以外全裸なのも、筋肉隆々なところも、美形とは言いがたい独特の風貌に仕上げたメイクも、突飛もない想像に火をつけました。風袋や稲妻を纏う代わりにハイヒールだの、スマホだの、男性器のオモチャだの、ポイ(マオリの女性ダンスで使う小さなポンポン)などの小道具を使いながら、ステージの上を天駆ける人間臭くて卑猥な神々。

なんと自由で、美しく、強く、繊細なのでしょう。性差にこだわる小さな人間どもを笑い飛ばす、逞しい身体に裏打ちされた揺るぎない存在たち。男でも女でも、どんな外見でも年齢でも、裸で笑いながら駆け抜けていく彼らにはかないません。念入りな化粧もどこぞの高級品で隙なく固めた服装も、裸一貫の彼らの前ではなんと無力で滑稽なことか。夜のクイーン・ストリートに降臨した神々、これからマタリキ(マオリ正月)にかけて全国を駆け巡ります。

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「マヨネーズ」
コンピューター・ゲイ♪ コンピューター・ゲイ♪と歌って踊って、イライラとスマホを叩き続けながら、身分を隠して相手を探す苦労には場内大爆笑。数十メートルと離れていない相手を、画面を叩きながら手探りで探し出していきます。なんと真摯で危険で、可笑しくて切ない出会い方!逢瀬は闇夜が開ける前に適当なハンドルネームだけを残して消えていくのでしょう。ステージもまたピンクのため息と嬌声と感嘆の中に消えていきました。

この話はブログ「さいらん日和」でもどうぞ。

西蘭みこと 

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