「西蘭花通信」Vol.0629  スピリチュアル編 〜人生の春夏秋冬:喪失の春〜     2013年6月25日

21歳で結婚、すぐに一男一女をもうけ、30代になったところで離婚、翌日に再婚。40代早々で愛娘が家を出て、50代直前に息子が遺書も残さずに自殺。40代以降のミリーの春はまさに喪失の季節でした。失う痛みはさらに続きます。50代半ばで今度は父親が病死。一人娘のミリーを溺愛し、どんなわがままも聞いてくれ、どんなときでも彼女の味方だった父親は、彼女の心の拠り所でした。ようやく息子の死から立ち直りかけていた矢先、ミリーは再び崩れ落ちて行きました。

母親は軽い認知症が始まっていので、ミリーが代わって葬儀を執り行い、心身ともに衰弱しました。
「愛する息子と父を失って、腕を1本ずつ持っていかれたよう。両腕を失ってこれから生きていけるんだろうか?」
絶望の縁にいた彼女を救ったのは、常に傍らで見守り、支えてくれた再婚相手のスティーブンでした。彼はふさぎこむミリーを外に連れ出し、励ましてくれました。彼は両腕を失った彼女の脚でした。
「脚があればいつかまた立ち上がれる!」

「もうこれ以上、失うものはない。」
スティーブンを杖に再び立ち直りかけたミリー。しかし、彼女の過酷な春には続きがありました。今度は元気でろくに医者にもかかったことがなかったスティーブンの突然の死。血栓が肺に到達して倒れ、手当の甲斐なく1週間も経たずに亡くなってしまいました。それは2人で建てた新居に入居する直前のことでした。ミリーは3度目の葬式を出し、たった1人でガランとした4部屋の新居に引っ越しました。経営していた会社を売り、気がつけば60歳に。喪失の春が終りました。

ボランティア先の寄付の品が積まれた倉庫の隅でこの話を聞き、私は泣き崩れてしまいました。誰よりも明るく、誰よりもユーモアのセンスがあり、常にみんなを笑いの渦に引き込んでいたミリーの人生が、こんなにも辛いものだったとは!飼い猫の死ですら身を切る苦しみだった私にとり、娘が黙って家を出、息子が遺書も残さず自殺し、父と夫が急逝するなど、想像してみるだにこの世の末でした。

「大丈夫よ。もう終わったことよ。泣くような話じゃないわ。今の私は楽しくやってるんだから・・・」
ミリーは私の肩を抱き、笑いながら慰めてくれました。
「私には娘もいるし、可愛い孫もいるわ。義理の息子もいい人なの。夫婦で働いているから週に何日も孫の世話をしてるのよ。それは私にとって大事なことなの。孫たちを育てながら、自分がどこで間違えたのか、息子の死を考え続けているのよ。その答えは一生見つからないだろうけど、考え続けることが弔いなの。息子は私の中で生き続けているのよ。」

70代になったミリーの静かな夏は今も続いています。ボランティア仲間の誰かがご主人を亡くしたと聞けば、特に親しい人でなくてもすっ飛んで行って慰め、動揺する人に寄り添います。
「かけがえのない人を亡くしたばかりの彼女たちの気持ちが、私には痛いほどわかるわ。みんなよりちょっと早く、しかも急に未亡人になったからね。でも、これはたくさんの女たちが通る道なのよ。」
と言います。

ミリーは明るく、ユーモアのセンスがあるだけでなく、誰よりも優しい人です。その優しさは彼女がかい潜ってきたさまざまな季節があったからこそなのでしょう。仲間内に困っている人がいないか、寂しそうな人がいないか、彼女は緑がかった美しい瞳から発せられる特殊なレーダーでくまなく照射し、誰かに照準を定めれば、決して枯れることのない深い深い泉から、惜しみなく思いやりを汲み上げては注ぎ続けるのです。

担当の金曜日ではたった1人のアジア人ボランティアだった私もまた、彼女のレーダーに引っかかったのかもしれません。こまごました簡単な用事を私に頼んでは話す機会を作ってくれ、用事が済むたびにお礼を言いつつまた話し、ついつい自分の持ち場に帰ろうとする私を引き止めては世間話をし、私など蚊帳の外だったボランティアたちの噂話やゴシップを吹き込んでは、仲間の中へ中へと引っ張り込んでくれました。

ミリーの静かな夏は密かに熱い夏でもあります。彼女は生涯3度目の本物の恋の渦中にいます。相手は初恋の人。
「最初から彼と一緒になっていたら、こんなに遠回りな人生にはならなかったのにね。でも出会った頃は2人とも若すぎて先が見えなかったのよ。」
彼には奥さんも、子どもも、孫もいて、自分の会社もあり、今の生活を投げ打ってミリーとやり直すつもりはないそうですが、
「私と違って抱えているものが多すぎるから仕方ないわ。でも彼が愛しているのは私よ!」
とミリーは自信満々。      

「あーら、ダメよ、不倫なんて。どんな理由があっても許されないわ。絶対ダメ!」
ミリーの話に笑いながらチャチャを入れるのは、大親友で同い年のケイト。彼女も見事に四季を生きてきた人だと思っているので、次回は彼女の話をお送りします。


(ミリーたちがお忍びで行っていたネーピア。私は夫と堂々と行ってきました(笑)!→)


(つづく)

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「マヨネーズ」

ミリーは子どもを導く母親のように私を仲間に引っ張り込み、ケイトとの掛け合いで涙が出るほど笑わせてくれます。先月は別のボランティア仲間とゴールドコーストへ遊びに行っていました。仲間内の帰国報告の第一声は、
「私たち、セックス・オン・ザ・ビーチを愉しんできたのよ!ねっ?」
と一緒に行った、最近ダイエットで5、6kg痩せ、体重が70kg台になってきたと喜ぶ、年金世代の専業主婦の相棒に相槌を求めます。真面目な相棒は不意打ちに目をパチクリ。
「オーストラリアってそんなに物好きがいるの?」
と、すかさずツっこむケイト。もちろん、一同大爆笑!

私はミリーの息子と同年輩です。

西蘭みこと 

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