「西蘭花通信」Vol.0634  スピリチュアル編 〜人生の春夏秋冬:独りの夏〜    2013年8月31日

「気に入ったテーブルと椅子を見つけたって?わざわざそれを言いに来たのか?」
やっと見つけ出したブライアンの一言は、氷のように冷たいものでした。NZでは滅多にない人混みの中を泳ぎ、軽く人酔いしていたケイトはその一言に一発で酔いが覚めました。
「気に入ったんだったら買えばいいじゃないか。いつもキミが決めて、いつもキミが好きなようにしてるじゃないか。なんだからって、わざわざ呼びに来るんだ?」

ケイトが思ったとおり、ねじ回しの先のようなものが何百本と並んだブースで話し込んでいたブライアンは、邪魔をされて不機嫌そうでした。皮肉な薄笑いを浮かべ、首を振り振り「呆れた」と言わんばかりに、店の人に向き直って話を続けようとしました。

その時です。ケイトの頭の中で何かがプチンと切れ、「倒れる?!」と思った瞬間、
「いつもキミが決めて、いつもキミが好きなようにしている?私がここを探し出すまで、どれだけ時間がかかったと思ってるの?相談したいから、ここまで来たんじゃない。いつもそうよ。私はいつもあなたに相談してきたわ。いったいいつ、私が勝手に決めて好きにしたことがあった?もう終わりよ、ブライアン。帰りましょう。」

周囲の人が足を止めるほど大きな声で怒鳴る自分を、ケイトは抑えられませんでした。こんなことは生涯初めてで、心臓が爆発するか、脳の血管がぶち切れるかどっちが先か、というところまできていました。あまりの剣幕にブライアンも話の続きを諦め、2人は無言で帰宅しました。

帰るやいなや、ケイトは2階に駆け上がり、スーツケースを出して荷造りを始めました。詰めるだけ詰め込むと、当座のものを自分のクルマに積み込みました。
「さよなら、ブライアン。私はここを出ていくわ。もう終わりよ。」
と告げました。驚いて顔を挙げたブライアンはそれでも口の端に皮肉な笑みをたたえていました。
「出て行く?どこへ行くんだ。そんなことできっこないくせに。」
と言わんばかりでしたが、言葉はありませんでした。

「本当にそれで家を出たの?」
と一斉に聞き返す仲間に、
「そうよ。あの時わかったの。『この人は変わらない。結婚するときに反対した友だちは正しかった』って。私はブライアンに同情してなんとかあの性格を変えてあげたかったけれど、それは全く無駄だった。当の本人に変える気がないんだから、変わる訳がなかったのよ。それにやっと気がついたの。もうすぐ60になるところだったし、今ここで出なかったら私は一生この生活から抜け出せない、こんなにネガティブな人と一生を終えるのは嫌、こんな人生は嫌、とはっきり思ったわ。だからあの日、後先も考えずに飛び出したのよ。」

ケイトは小さな裏庭のある1部屋物件を見つけ、今でもそこに独りで住んでいます。ブライアンとは別居したものの離婚はしていません。
「家や店のこともあったし、子どもや孫のことも考えるといろいろ複雑だから、籍はそのままにしてあるの。あの人と一緒にいなくていいんだったら、私はそれでハッピーなのよ。」
生まれたときから賑やかな家庭に育ち、独り暮らしなどしたことがなかったケイトは、こうして60代の入り口で生涯初めて独り身になりました。思ってもみなかった夏の始まりです。

別居を機にケイトは店を畳んでしまいたかったものの、それにはブライアンが強く反対し、収入がなくなるのも、学校を終えた孫が仕事を終えた両親が迎えに来るまで立ち寄る場所がなくなるのも困り、驚くべきことに、2人はその後も商売を続けました。さすがに65歳になり年金がもらえるようになったところで店を手放しました。店の利権より、不動産としての店の価値が20年近くで4倍以上に高騰し、今のケイトは悠々自適なご隠居さんです。

「寂しい?まさか!」
ケイトは私の愚問にカラカラ笑って答えました。
「離婚しとかないで大丈夫なの?財産狙いで悪い女がついたりしない?」
という別の仲間の質問には、
「女?ブライアンに?それは見ものね!私以外、女っ気なんて全くないのよ。生涯モテたことなんてないんだから。」
と答えると、
「そんなのと結婚しちゃうっていうのも、どうなのかしらね?」
と、今度はミリーが茶々を入れます。

「だから別れたんじゃない。自分だって離婚したくせに。」
とケイトが笑いながらチクリ。
「60にもなって?私は30で別れて翌日に再婚したわ。」
と、ミリーがピシャリ。
「あらっ!私は人が良くて、辛抱強くて、貞淑だったのよ。不倫なんかしてなかったわ。」
と、今度はケイトが一撃。
「それって、ただ鈍くて、モテなかっただけなんじゃない?」
と再びミリーが反撃。一同大爆笑。いつも〆は2人の掛け合いでオチとなります。
(いつもコーヒーを挟んで大笑い。お酒なんかいりません→)

みんなの話を聞き、今度はいよいよ私の番でした。
(いつか、つづく)


西蘭みこと 

ホームへ