「西蘭花通信」Vol.0654  NZ・生活編 〜トンガリロ・クロッシング〜         2014年1月11日号

年明け早々、夫とトンガリロ・クロッシングに行ってきました。トンガリロとはNZ北島中央部に位置する、マオリが聖山と崇める三峰の一つです。最高峰で1年中雪を頂くルアペフ山(標高2,797m)、富士山に良く似たナウルホエ山(標高2,291m)、なだらかな稜線を持つトンガリロ山(標高1,967m)のうち、トンガリロが一番低いものの、マオリが最も神聖視する山であるため、この山域の総称となっています。

1887年に一帯を領土としていたマオリのナティトゥファレトア族がその自然美を守るために国に寄贈し、1894年にNZ初の国立公園としてトンガリロ国立公園が誕生しました。国立公園としては世界で4番目に古いそうで、ユネスコの世界遺産にも複合登録されています。美しい自然遺産としてだけでなく、マオリの信仰や文化と深く結びついていることから、文化遺産としての価値も認められています。

トンガリロ・クロッシングとは、トンガリロ山をほぼ縦断する約20kmを6〜8時間で歩くトレッキング・コースです。三峰はいずれも活火山で、特にトンガリロは2012年に大きな噴火を起こしたばかり。コースはまさに火山地帯を行くもので、硫黄の臭いがしたり、水蒸気が吹き上げている場所もあります。溶岩流跡、それが川になって雪解け水が流れる急流、火口湖、残雪、切り立った尾根、月面と見紛う荒涼とした場所、高山植物と火山岩で埋め尽くされた平原、最後は緑深い森と、コースも景色も次々に変わっていきます。

私たちは登山経験というものが全くなくいまま、2012年に一家4人で初めて挑戦しました。言いだしっぺは私でした。その年には長男・温(19歳)が日本の大学に進学することがほぼ確実だったため、「家族揃っての最後の思い出に相応しいもの」として選びました。きっかけは些細なことでした。共同購入サイトでトンガリロ・クロッシングへの送迎サービス付きの宿泊施設の宣伝を目にし、そこに使われていた写真の人が短パンにTシャツで小さなリュックを背負い、まるでハイキング中のような軽装だったことに目が止まりました。

「こんな格好で行けるもの?」
本格的な登山経験がある人向けの重装備で行くコースとばかり思い込んでいたので、拍子抜けするほどカジュアルな服装は衝撃的でした。すぐに関連サイトを調べ、思っていたよりも手軽なコースであることがわかりました。天候にさえ恵まれれば、やや強行軍のハイキングとも言えそうでした。折りしも次男・善(16歳)の友だちが行って来たばかりでした。友だちが通う私立校は毎年学校行事としてトンガリロ・クロッシングを行っており、日本で言う中二から全員が参加するのだそうです。ということは、中三を終えたばかりの善にも登れるはず。腹は決まりました。

大人はそれぞれ登山靴を買い、1回で終わってしまうか、すぐにサイズが合わなくなってしまう可能性のある息子たちは現地で登山靴を借りました。服装は半袖のTシャツ、厚地のフリース、防水ジャケットなど、標高や天候に合わせて随時変わられるよう、何枚か揃えました。これに日除け用の帽子にサングラス、ランチ、水、着替えなどを入れるリュック。持ち物は抜かりなく、かつ最小限にまとめました。

2012年は比較的天候に恵まれました。青空はほとんど拝めず、かなり寒かったものの、雨は小雨程度で風も知れていました。全行程の半分近くを雲の中で過ごしていたように思います。家族全員6時間半で無事歩き通し、一生の思い出になりました。翌2013年は長男が日本に行ってしまい、次男からは断られ、夫婦2人での再挑戦となりました。この時は2度目の噴火の直後で、コース後半が閉鎖中だったため最も高いレッド・クレーター(標高1900m、コースにはトンガリロ山頂の登頂は含まれません)での折り返しでした。

2回目は1回目とは打って変わり、最初から雨模様で、風も強く視界も悪かったため途中で引き返す人が続出しました。1600mを超えレッド・クレーターを目前にしながら、あまりの強風に狭い尾根で立っているのもままならなくなり、引き返しました。全身びしょ濡れで身体も冷え、山の気候の怖さを思い知りました。1回目は蟻の行列のように前後にずっと人がいたのに、2回目は行けば行くほど人影がなくなり不安が募りました。

3回目の今回も再び夫婦での挑戦でした。天候はこれ以上望めないほどの好天で、初めて経験する暑さに戸惑うほどでした。脱いだ服が荷物になったものの、視界の良さ、景色の素晴らしさ、過去2回は雲に覆われて見えなかったものまで初めて目にすることができ、ついつい止まって写真を撮ってしまい、1回目より1時間も長い7時間半で歩き通しました。

これは今後、新年の恒例行事になりそうです。夫婦で力を合わせ、労わりあいながら、同じ道を行き、同じ景色を眺め、同じ感動を分かち合い、その年に思いを馳せるというのは、年頭にこそ相応しいように思います。山あり谷あり、晴れの日も雨の日もあり、時には石にしがみついてよじ登り、時には軽快に下り、草木を愛で、知らない人と言葉を交わし、その間、ずっと2人で語らいながらともに歩くという行程は、まるで人生の縮図です。「来年も」と思えば、日頃の健康管理にも力が入るというもの。帰った翌日から、さっそく2015年に向けて歩き始めました。今年も走って歩く健康で健脚な1年でありますように。

===========================================================================
「マヨネーズ」

最もきつい斜面を登りきり、ふと下を見ると現実のものとは思えないほど美しい火口湖、サファイアのようなブルー湖、名前のとおりのエメラルド湖が見えてきます。草も生えない荒涼とした白黒の風景にふと鮮やかな色が現われ、まるで奇跡のようです。マオリの山の神の粋な計らいにまんまとハマって(笑)、来年もまた挑戦します。

(ブルー湖は左奥。エメラルド湖は3つあり、すべて色が違います→)


西蘭みこと 

ホームへ