「西蘭花通信」Vol.0658  生活編 〜雲の中で会いましょう〜           2014年1月30日号

時間になる。
パソコンの前に座る。
ファイルを開く。
パスワードを打ち込む。
23インチの画面に文書が広がる。
専用のメーラーを開く。
いつ入ってくるともしれないチャットの設定をし、 GO!

ここから3時間一本勝負の仕事が始まります。仕事中は気が散るので仕事部屋の電話を留守電にし、夫には隣の部屋から携帯電話でやり取りしてもらいました。いきなりデスクに飛び乗ってくる猫も締め出し(タッチスクリーンなので尻尾が触れただけでも、ややこしいのです)、部屋のドアを閉めての作業。夏休み中の次男・善(16歳)が昼近くに起き出し、キッチンでガタガタやった後出掛けてしまえば、姿を見ることもありません。

文書上ではカチカチチカチカ音こそしないものの、枠線やコラムの色が変わったり、画面が微妙に揺れてデータが追加されたりして、人の気配がします。誰がいるのかチェックできるので名前をみると、「ムスタファ」だか「アブドゥル」だか、かなりイスラミックな名前。もちろん彼らの画面には私の名前も出ているわけです。

お互いどこにいて、普段は何をしているのか、全く知らない同士。共有している金融関連の文書上ですら、何をしているのか知らない仲。それぞれが自分が担当する場所で作業を進め、時間になったら静かに引き上げていきます。「ムスタファがドキュメントを開きました」「アブドゥルが離れました」という自動的に出るメッセージと終わった作業だけがその痕跡になります。

新しく始めた仕事はクラウドを駆使したものでした。私用ではドロップボックスだのGmailだのクラウドを使っていても、仕事ではこれまで誰かと何かを共有したり、共同の作業をする必要がなかったので、今さらながらのクラウド・デビューとなりました。私の時間帯では多いときには6、7人が作業をしています。自分のセルの周りがカチカチチカチカすることもしょっちゅうで、
「何してるのかな?」
と思いつつも、わからないのはお互いさま。1人のような大勢のような、静かなような賑やかなような、不思議な感覚です。

クラウドとはよく言ったもので、「本当に雲の中なんだなぁ」と思います。その意味するところは漠然としたインターネットであり、サーバーも作業もネット上でというぐらいな意味なのでしょうが、実際に作業をしてみると、目の前の文書やメッセージ以外は何も見えず、人の気配はあっても姿や仕事ぶりは見えず、本当に雲の中にいるような視界不良。でもチャットを送れば瞬時に返ってくるところは電光石火。

仕事が始まるときは「ちょっと雲の中に行って来るか」。終われば「地上に戻って、ただいま」。夫と話したり、猫を抱いたりしながら、なんとも言えないオンサイト感とオフサイト感の違いを実感します。その差をデジタルとアナログほどに感じるのは、私がいかにアナログ人間かの証明でしょう。その差異たるや、終えた作業が自分のパソコンに入っているかいないかぐらいなものなのに、なんとつかみどころがなく危うく感じることか。

知らない同士の流れ作業は、水の流れのように滑らかなものです。作業手順の川上から川下へと文書が流れていきます。実際の文書は不動で、時間に合わせて担当者がやってきては作業をして立ち去ることで一連の流れができているのです。私もその中にいながら、文書がどこから来て最終的にどこへ行き、どんな形になるのかは知りません。流れは日付を跨ぎ、週末になるまで延々と続きます。

「なんて効率的なんだろう!」
と滑らかな作業に感心しつつ、
「もしもすべてが上手くいったら。」
と、私はとことん現実的でした。いくら雲の中に出向いても、アナログな私の足は地についていました。一定方向への流れの中でミスを見つけても、さかのぼることはできませんでした。訂正して流すだけです。間違いがどの段階の誰の作業で発生したのか、どうしたら再発を防げるのかを問う方法はなく、訂正するかしないかは私次第でした。

日々流れてくるかなり深刻なミスを見つけながら、なぜこんなに流れが滑らかなのかを自ずと知るところとなりました。誰もが「流すこと」に執心しているからです。流れを滞らせないためにはまず時間厳守で、内容は二の次になってしまいます。約束の時間内に自分の手を離れさえすれば、作業は次の段階に進んで見えないところへ行ってしまいます。

1人1人が努力をしてもミスは起きます。実力と仕事の内容が見合っていなければ、なおさら起きます。「これぐらいでいいか」と低いところで手を打てば、もっともっと増えていきます。自分の段階で流れを滞らせることなく、全てのミスに気付いて訂正することは難しい相談でした。自力では解決できない矛盾を前に、この仕事から身を引くことを決めました。雲の中への「出勤」はこうしてあっさり終了しました。

お互い誰だか知らなかった人たち。もしもご縁があれば、またいつか雲の中でお会いしましょう。

===========================================================================
「マヨネーズ」

トンガリロ・タラナキ旅行から戻ってからの怒涛の日々は、こんな形であっさりと幕となりました。黙ったままシレっと流していれば仕事にはなりますが、これまたできない相談でした。

奇しくも明日1月31日は旧暦正月。中華圏で20年暮らした私にとって本当の意味での新年が始まります。1月1日からの助走に力を得、ここで仕切り直して2014年をしっかり生きて行きたいと思います。新年快楽!

(たまたま香港から友人が来ていたこともあり、懐かしさもひとしおの香港、永遠に心のふるさとです→)

西蘭みこと 

ホームへ