「西蘭花通信」Vol.0663 NZ編 〜GIへようこそ〜                      2014年2月13日

「おい!オレのヤクをどこやったんだよ?まさか売っちまったんじゃねぇだろうな?知らねぇだと、ふざけんな。お前が盗ってたのはわかってんだ。ホントのこと言わねぇと、ぶっ殺すぞ!お前が今日このままリハブ(麻薬依存症患者の矯正施設)に入ったら、オレは殺(や)られちまうぜ。ヤクが消えたらどうなるか、わかってんだろ?返せ。リハブに行く前に絶対に返せ。おい、切るなよ!!!!」

という話を70代のボランティア仲間のケイトが身振り手振りで、普段使わない汚い言葉を慎重に選びつつ一生懸命再現しているのを聞きながら、私たちは彼女が遭遇した事実に目を丸くしながらも、そのぎこちない仕草に笑いを噛み殺していました。毎週毎週ボランティアに行くたびに、何らかの新しい話のネタがあるもので、楽しくって辞められません。

ケイトはGIのニックネームで知られるグレンイネスにある、ボランティア付近のATMで現金をおろそうと並んでいました。すると目の前にいた大柄なポリネシアンの若い男が、突然携帯で怒鳴りだしたのだそうです。ヤクが、リハブが、殺すの殺されるのと、年金世代の1人暮らしの白人女性には開いた口が塞がらないような話が続き、167cmの彼女でさえ見上げるような男の背中を見つめながら目をパチクリさせていたようです。

「周りのみんなに話が聞こえてるなんて、全然気にしてないの。家のリビングで1人で話しているみたいなのよ。列には3人並んでいて、みんなで顔を見合わせながら肩をすくめてたけど、彼はお金をおろしながらもずっと大声で怒鳴ってたわ・・・・」
と、ケイトが話を続けていると、
「Welcome to GI!」(GIへようこそ)
という声が背後からして、いつの間にか傍に来ていた別のボランティアが話の輪に入ってきました。

彼女も年金世代ですが、マオリです。といっても「NZにはもう純粋なマオリがいない」と言われるほど混血が激しいため、彼女も自分から名乗らなければマオリとはわからないほど白人に見えます。グレーがかった青い瞳、今は銀髪ですが昔はブロンドだったそうで、いわゆる金髪ブルーアイの「ガイジンさん」の典型のような外見です。見た目だけで彼女をマオリと見抜くのは難しく、マオリの血が8分の1だの16分の1だのとなると、8分の7、16分の15はマオリ以外、ほとんどの場合で白人な訳ですから、むべなるかな。

こうなるとマオリかマオリではないかの判断は本人次第で、16分の15の方に重きをおいて白人として暮らしている人、16分の1でもどっぷりマオリとして暮らしている人、いろいろです。彼女は明らかに後者です。「ようこそ」と言うぐらいですから、GIに多数あるステートハウスと呼ばれる公営住宅で暮らしています。ステートハウスに入れるということは低所得者か私有財産がクルマぐらいの年金生活者です。ステートハウスが密集するGIはマオリやパシフィック・アイランダーと呼ばれる南太平洋系の人たち、難民として受け入れられたアフリカ系や中東系などエスニック度が高い人たちが多く住む場所です。

「GIならヤクだのリハブだの日常茶飯事よ。この間もうちの前に住んでいる女がぶつぶつ言いながら、通りに向かってゴミを投げてたのよ。『また始まった!』と思ってたらパトカーが2台来てね、どうも誰かが通報したみたいなの。」
GIのど真ん中には大きな警察署がありますが、パトカーの出動は2台以上と決まっているようです。
「警察官が彼女を取り囲んで話し始めたから出て行って、『彼女はヤク中だから、ラリってるときは普通に職務質問してもダメよ』って説明したのよ。そうしたらなんて言われたと思う?」

「『アンタには聞いてない。これ以上邪魔したら逮捕するぞ!家に帰って引っ込んでろ!』ですって!」
「えぇぇぇえ!」
居合わせた全員が驚いたのは言うまでもありません。
「こんな年金もらってるおばあさんを逮捕してどうするのよねぇ?若造の白人だったからGIに配属されたばかりで、ラリってるのを見てビビったんじゃない?慣れてないと怖いかもねぇ。引っ込んでろって言われたから、はいはいって帰ったわよ。いつもだったらゴミぐらい片付けてあげるんだけどね。」
警察官にとってもまた、「GIへようこそ」なのでしょうか。

そんな危なげなGIですが、私たちは移住当初から大いに気に入り2年前にはメルマガ〜愛しのGI〜を配信しました。確かにステートハウスが続く住宅街はちょっとクルマで通り抜けてもパトカーが2、3台停まっている家を見かけるなど、住むには厳しい環境かもしれません。しかし、ステートハウスの入居条件を満たす暮らしぶりとなると、それはそれで別の意味で相当厳しいものです。私は普段の買い物だけでなく、ボランティア先までGIを選ぶほど、この街の持つ「なんでもアリ」な陽気でシンプルな雰囲気が気に入っています。

「まぁ、GIだからね。」
と話は丸く収まり、それぞれが持ち場に戻りました。結局のところ、ボランティアが終わればみんなでGIにあるスーパー「ノッシュ」内のカフェに集まり、おしゃべりに花が咲きます。ヤクの話で目がパチクリだったケイトも自宅から近いセントヘリアスや高級住宅地パーネルのカフェを試しつつ、
「どうしてもGIに戻ってきちゃうのよね。」
と、その居心地の良さを認めています。そう、やっぱりWelcome to GI!

=========================================================================== 「マヨネーズ」

そんなGIですが、現在のキー政権の方針転換で、一部のステートハウスの民間への売却が進んでいます。通り1本隔てたら高級住宅地が目と鼻の先になるような良好な立地、日当たりの良いなだらかな丘陵地帯、駅もバスターミナルも大型スーパーもあるとなれば、周りがステートハウスでもどんどん売れていきます。すでに通りごと様変わりしている場所もあり、10年もしたらずい分違う場所になっていることでしょう。

(GIのお祭りにて。これだけ見たらどこの国だかわからないでしょう^^;→)

西蘭みこと 

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