「西蘭花通信」Vol.0666  NZ・生活編 〜ディグニティー 尊厳と品格と:ビッグ・キャシー〜           2014年2月19日

もう何年も前の話になりますが、ボランティア先のチャリティーショップにビッグ・キャシーと呼ばれている人がいました。たまたまキャシーが2人いたので、小柄なもう1人はリトル・キャシーと呼ばれていました。ビッグ・キャシーは背が高かったものの、体重も100kgぐらいありそうで、存在もビッグなら笑顔もビッグで、ユーモアのセンスも抜群でした。レジ係として馴染み客からも親しまれていました。

ボランティアは大半が年金世代なので、当時40代半ばだった私は若手でした。ビッグ・キャシーは少し年上で確か47、8でした。それでも孫がいるところが、キウイのすごいところ!孫の話になると相好を崩してメロメロでした。ティーンエイジャーだった一番下の息子との2人暮らしで、
「息子にはできるだけ長く家にいてほしいの。1人暮らしは絶対に嫌。」
と言っていて、ご主人はいないようでした。

私たちは午前中の係でしたが、帰り際に彼女が休憩室でランチを食べているのを何度か見かけました。バス通勤で帰宅にはかなり時間がかかるので、今のうちに食べておくというのです。その量たるや、幼稚園児のお弁当箱ぐらいの容器にサラダだけとか、サンドイッチ一切れとか、おやつのような量でした。
「私って実はあんまり食べないのよ。」
と休憩室に入ってくる仲間に言い訳でもするように、笑いながら食べていたものでした。

彼女はまじめで人望もあり、かなり古株の私よりも早く仲間に加わっていた人で、噂では「正社員になることを目指している」という話でした。
「ビッグ・キャシーなら!」
と誰もが思ったでしょう。その頃はマネージャーもボランティアでした。しかし、業務拡大やボランティアが数百人になってきたこともあり、組織は正規のマネージャーを探し始めていました。慈善団体の資金集めとはいえ、やっていることは立派なビジネス。末端で手伝う身としても、きちんとした経営方針や規律が必要なことを実感していました。

そのうち彼女から、「しばらくタイに行くから休む」と聞かされました。
「あちこち旅行して楽しんでくるわ。」
と言い残し、彼女はふっつり姿を消しました。何ヶ月かして小耳に挟んだ消息は、全く予想外のものでした。彼女にはボーイフレンドがおり、結婚も視野に入れていたそうです。その前に、NZより費用が安いタイで胃を小さくする手術を受けようとしていたというのです。目的はもちろん、減量のためです。しかし、血圧が高すぎて手術ができないため、事前のダイエットで血圧対策に励んでいたそうです。ところが、体重は一向に減らず、血圧も下がらず、とうとう手術を断念せざるをえなくなったそうです。

「タイに行く前の段階で断られたみたいよ。」
「ボーイフレンドはどうなったの?」
「わからないわ。彼女はここのマネージャーになりたかったのよ。ずっと仕事を探していたみたいだし。でも、あの体重じゃない? 立ち仕事を毎日続けるのは無理だったみたい。だから手術ができなかったのが相当ショックだったらしいわよ。」

消息を聞きながら彼女のランチを思い出しました。
「彼女なりに努力していたんだろうに。」
40代になって自分も代謝が悪くなるのを実感する中、太るのは簡単でも痩せるのは簡単にはいきません。特に彼女の場合、食事の量そのものより、ソフトドリンクかアルコール、スイーツなど何かのアディクトが減量を難しくしているのではないかと感じていました。

その後もボランティアのマネージャーが根気よく電話を掛け、
「気分のいい日だけでもいいから戻ってきたら?」
と誘い、組織とも話をつけ、もしも彼女が復職するようであれば正社員の道が残されるよう交渉を続けました。

そして1、2ヵ月後、彼女はひょっこり戻ってきました。カウンターに大柄な身体を見つけ、喜んで走り寄り、
「ビッグ・キャシー!」
と叫んだ私の声に振り向いた彼女は、まるで別人でした。慌てて取り繕っても隠せないほど、私は驚きの表情を浮かべてしまい、他の仲間も同じだったことでしょう。

少し痩せたというよりも、すっかりやつれてしまった彼女は半年で10歳も老け込んだように見え、顔色が優れず、体調も悪そうでした。みんなを引き込んだビッグ・スマイルは消え、空ろな表情に力のない微笑を浮かべているばかりでした。話すのも億劫そうで、近くにいると肩で息をしているのがわかりました。その変りように誰もが言葉を失い、戻ってくるのをためらっていた理由がわかりました。

彼女は再婚と再就職に向けて一発逆転の大技を選び、失敗してしまいました。落胆は想像以上で、同時に糖尿病も発覚し、徐々に心身を病んでいってしまったそうです。すっかり家に引きこもり、とうとうマネージャーの電話にも、
「もう戻るつもりはないので、電話してこないで。」
と告げ、彼女に開けられていたドアを自らの手で閉めてしまいました。

「だめだ」と思えばそこで試合終了。一つに失敗しても、冷静になれば別の方法があるものです。マネージャーを始め周りの人が温かく見守っていても、次の一歩を踏み出すことだけは彼女自身にしかできないことでした。自分で決定した結果に責任を持つ――ディグニティーが尊ばれるのは、その潔さゆえではないでしょうか。ビッグ・キャシーがビッグ・スマイルを取り戻し、どこかで元気に暮らしていることを願っています。

(つづく)

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「マヨネーズ」

バリ島の日本人女性ダイバー7人の行方不明事故、とうとう犠牲者が1人出てしまいましたね。奇跡続きで「ぜひ全員の生還を!」と願っていましたが、かないませんでした。残り1人となった現地インストラクターの無事を心から祈っています。

西蘭みこと 

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