「西蘭花通信」Vol.0669  NZ・生活編 〜ディグニティー 尊厳と品格と:リトル・テルテル〜 
2014年3月1日


2012年に初めて一家4人でトンガリロ・クロッシングへ行きました。以前のメルマガ〜トンガリロ・クロッシング〜でもお話したように、 NZ北島中央部一帯の世界遺産であり国立公園の中心でもある、トンガリロ山(標高1,967m)を6〜8時間で縦断する約20kmのトレッキンギ・コースです。半分以上は雲の中だったものの天気には恵まれ、家族で歩き通して素晴らしい思い出ができました。

帰ってからボランティア先で平均年齢70代の仲間に土産話をしていると、
「大変なんでしょう?」
「初心者には難しいんでしょう?」
と、自分たちとは無関係な内容であることを前提に、話に加わってきました。その時1人が、
「トンガリロ・クロッシングは多分、私が人生で遣り残したことの一つだわ。」
と小さく呟きました。

数人が同時に話している輪の中で、彼女の小さな呟きがスッと私の耳に入ってきました。
「遣り残したこと?できるかもよ。お天気さえ良ければ長めのハイキングみたいなものよ。」
と答えると、みんなは悪い冗談でも聞かされたように苦笑しながら首を振ったり、肩をすくめたりしながら、
「ミコトもあと20年経ったらわかるわよ。」
と言わんばかりでした。

しかし、当の本人は私を見上げ、私たちはしっかりと視線を交わしました。160cmもない小柄な体系、髪は美しい銀髪で、整った薄い唇から教養がにじむ言葉を淀みなく繰り出す人でした。その時の彼女は73歳。この年齢の人に気安く勧められるものではないことを十分承知しながらも、私は注意深く真意を告げました。

他の仲間には冗談であっても、
「彼女なら!」
という期待がありました。ジム通いを続け、近所のウォーキングよりもブッシュウォークを好み、時折ご主人や仲間とあちこちの山を歩いている人でした。50代の私ですら頭が下がるほどの行動派で、動き続けることで自家発電し、それを動力にさらに動き回るタイプでした。

彼女はいつも強気で、同年輩からは煙たがられる時もありました。しかし、娘ほどの年齢の私には彼女の強気が周りの誰かにではなく、往々にして自分自身に向いていると感じられました。英語で言うところの「境界線を押し広げる」ことで、自身を叱咤激励しているのです。そんな彼女がみんなの声にかき消されるように漏らした、「遣り残したこと」という一言が、どうしても解せませんでした。

それから2年の月日が流れ、私はその間に2度トンガリロに戻りました。今年の1月はこれ以上望めないほどの好天に恵まれ、途中で70代と思しき小柄な銀髪の女性に遭遇しました。50代の私ですら年配者に分類されるであろう山中で、彼女は際立っていました。気付いた人がつい二度見してしまうような存在感を醸し、彼女を中心に密やかな感動と賞賛のさざなみが広がっていくのを感じました。
「この人ができるんだから、彼女だってできるわよ!」
と、私は背格好の良く似た仲間を思い出していました。

帰ってから山中で会った女性のことを、すでに75歳になっていた彼女に話しました。2月に入るや突然、
「今週末にトンガリロ・クロッシングに行くことにしたわ。」
というメールをもらった時には、思わずパソコンの前でガッツポーズでした。
「最後はヘトヘトになって、 『どうして今までやろうと思わなかったのかしら?』って何度も何度も思うでしょう。でも、後で思い返したらいい思い出よね!」
と、締めくくられていました。

出発当日すら彼女はボランティアに来ていました。最後に強く抱き合い、翌日の無事を祈りました。その夜は、最後に作ったのがいつなのか思い出せないほど久々に、テルテル坊主を作りました。天気さえ良ければ歩き通せると信じていました。当日は1日中そわそわそわそわ。最高地点のレッドクレーターから送ると言っていた携帯からのメッセージは届きませんでした。

その翌日の帰宅予定の日、吊るしていたテルテル坊主が風もない室内で不意に落ちました。それを見て満願成就を確信しました。役目を終えて力尽きたのでしょう。3時半にならんとする時でした。
「そうか、今帰ってきたのか。」
と思いました。夜になって
「成功!無事帰宅」
のメールをもらい返事にテルテル坊主の話をすると、さらに返事がきました。

「実は1時半には帰ってたの。その後、クルマから荷物を出して、洗車して、荷解きして、洗濯して・・・やっとスペイツ(NZで人気のビール)で祝杯を挙げたのが、ちょうど3時半。その時にリトル・テルテルが落ちたのよ!驚いた?気遣ってくれて本当にありがとう。ミコトは間違いなく、今回の私たちの一大決心の一助だったわ。」

これぞキウイ・ディグニティー(キウイ魂)!彼女とさらに年上の78歳のご主人を誇りに思い、友人であること、今回の偉業に関われたことを嬉しく思います。そして二周り遅れで彼女の後を歩きながら、その後に続きたいと心から思います。
Well done, Sue and John!

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「マヨネーズ」

2人は別荘での休暇に行ってしまい、まだ会っていません。来週には会えるので土産話が楽しみです。山中では知らない人たちに声をかけられ賞賛され、写真を撮ってもいいかと言われ、ちょっとしたアイドルだったようです。本人は
「80代か90代にでも見えたのかしら?」
と言ってましたが(笑)、このディグニティーはどれだけ多くの人に感動を与えることか。

歳をとることは、生きていくことは、やはり素晴らしい!

西蘭みこと 

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