「西蘭花通信」Vol.0697 NZ・生活編 〜100 の願いを超えて〜             2014年6月30日

50代に入り「天命を知る」に至ったかどうかはさておき(笑)、最近になって自分というものがかなり輪郭を持って理解できるようになりました。逆に言えば、半世紀も付き合ってきたのに、ずい分と知らない仲だったとも思います。自分の中に深く根ざす、核になっている部分を知ることで、頭の中で描いていた理想がなんと通り一遍な薄っぺらなものだったのかと気付き、今は生活全般どころか生き方全般を見直し、巻き戻しにかかっています。

面白いので、11年前の移住前の香港時代にメルマガ〜改定100の願い〜 で手当り次第に書き出していたことと、今の心境を赤恥覚悟で比べてみます(笑) 当時は文字通りのコンクリートジャングル暮らしで、空を見上げることも緑に触れることもない生活だった上、9歳と6歳のスポーツ大好き少年たちの親として、一家で一心不乱に駆けずり回っている生活でした。その辺は移住が軌道に乗り、老後に片足を突っ込んでいる今の生活とは根本的に違う点です。
(『  』内は100の願いで書き出したもの)

『新しい友だちをたくさん作ろう』
これなど、今になると目がテンです!11年後の今はボランティア先の仲間とは深く仲良く、けれど友だちを作ろうとはせず、ひたすら静かにひっそりやっています。振り返れば生涯にわたって「友だちをたくさん作ろう」と心から願ったことなどなく、友人は作るのではなく、ご縁同様に授かるところに従ってきました。今はその辺が自分の中でクリアになり、人と知り合う努力はしていません。その延長で、
『大学の同窓会に参加しよう』
も実行しておらず、同窓会は存在しますが密かに潜伏中(笑)

『いつでも友人の来る家にしよう』
『近所の人をお茶に招こう』
『平日の昼間に女友だちとでかけよう』
上の価値感の延長で行けば、これもかなり意欲的な理想でした(笑) 移住後2、3年の子どもが小中学生の頃まではそれなりにがんばりました。1ヶ月で延べ100人ほどを家に招いた月もありましたが、案の定、子どもが大きくなった今は完全に過去になりました。女友だちとの外出は毎週のボランティア+その後のランチで毎週決行中!

「へーーー、こんなのも入ってたんだぁ!」
と自分でも驚いた、
『知らない国から来た親友を作ろう』。
これはビルマ人の医師夫婦と知り合ったことで、気がついたら叶っていました。先日も私たちの移住満10周年を一緒に祝ってもらうため、お互いが住む場所のちょうど中間に位置するワイナリーで落ち合い、ランチをともにして近況報告をし合いました。猫バカという以外はさほど共通点がないのに、なぜか気が合う気の置けない貴重な友人です。

「いったい、どれだけ学習意欲があったのよーーー!」
と、今ではイタいほどの11年前のケイコとマナブのオンパレード。
『マオリ語を習おう』
『子どもに柔道を習わせて自分も一つは武道を習おう』
『夫と社交ダンスを習おう』
『スキーとゴルフに挑戦』
『ボーンカービングを習おう』
『陶芸を習おう』
『刺繍をしてレース編みもしよう』
『手作り石けんに挑戦』
『石けんフラワー作りを始めよう』
『キャンドル作りにトライ』
『ステンドグラスやモザイクを時間を気にせずに作ろう』
『グラスペインティングを始めよう』
『乗馬を習おう』

書き出せば書き出すほど、知らない自分がいます(笑) 当時は16年間の長い長い勤め人生活に終止符を打った直後+子育て真っ最中ということもあり、「できなかったこと」や「今はできないこと」を移住後にドーンと託していました。しかし、書いた当時の41歳になっても手を出していないか(武道、スキー、ダンス、陶芸とか)、習ってもやめてしまったこと(ゴルフ、ステンドグラス、モザイクとか)は、心から望むものではなかったのです。マオリ語だけは今でもきっかけと必要があったら、猛烈に勉強しそうな気も?(←楽観的)

『バスケットにランチをつめてピクニックに行こう』
『キウイ式BBQをしよう』
『家族で一緒に夕食をとってその日の出来事を話し合おう』
『子どもの学校の手伝いをしよう』
『近所の催しにどんどん参加しよう』
『子どもの宿題を見てあげよう』
『いつも旅行とパーティーの計画を立てていよう』
『NZの歴史を子どもといっしょに勉強しよう』
『子どもが幼なじみと呼べるような友だちが持てるよう、徹底的に手を貸そう』
『子どもが大人になった時、思い出したくなるような子ども時代を一緒に築こう』

この辺の子育て専科は正直、全力で取り組み、燃え尽き、子育てが終わったことで終了しました。結果が出たもの出なかったものいろいろありますが、その過程だけでも親子で十二分に楽しみ、知恵を絞り、いい思い出と経験を共有しました。
「子どもが10歳になるまでに移住を!」
と願っていたのは、親子一丸になって取り組める年齢が限られていることを察していたからです。あの頃に撒いた種が子どもたちの中で確実に育ってくれますように。

(我が家は近所の子たち、ポリネシアンばっかり(笑)の溜まり場でした。みんなで「風船割り」中。善のラバラバ(腰巻)姿がウケます→)


『家庭菜園をしよう』
『国内旅行をし倒そう』
『きれいになろう』
『ジョギングしよう』
『旅行記をつけよう』
『行きつけのカフェを見つけよう』
『税金を払おう』
『移住生活をつづっていこう』
『中華社会に仲間を持とう』
『NZの第一次産業の勉強をしよう』
『頼りになる会計士と弁護士を探そう』
『行きつけの美容院とホームドクターを見つけよう』
『夫と二人だけで外出しよう』
『近所を散歩し尽くそう』
この辺はすっかり板についているか、鋭意実行中!

そしてやっぱり願うのは、 リスト1番の『死んだように眠ろう』と
100番の『良きキウイになろう』(笑)

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「マヨネーズ」

こうしてつぶさに見ると、〜100 の願い〜の段階は卒業していますね。今の生活や自分自身の身の丈に合った現実的な努力目標は、〜50の約束:52歳編〜です。 興味全般が「健康」「夫婦」「家」「自分」「精神面」に掘り下げられているのを実感します。

西蘭みこと 

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